少女と暮らすことになりました
シスター・サルティエは初めて会ったときと少しも変わらぬ姿で私たちを出迎えた。私が知る限り、二十年以上ものあいだ、彼女の見た目は全く変わっていない。
「まあ、アルテじゃない。今日はどうしたの?」
隣にいるルナを目線を移しながら、私は用件を切り出した。
「この子を……ここで預かっていただけませんか。身寄りがなく、行くあてがないようなのです」
シスターはルナに目をやり、ふっと微笑んだ。
「……そう。ここまで来るのも、きっと大変だったでしょう」
「あなた。名前は?」
「……ルナ、です」
ルナは不安げな表情で私を見上げてきた。その手は私の服の裾をぎゅっとつまんでいる。
「ルナさん。もうアルテとはすっかり仲良しのようね」
ルナは目を伏せ、小さく頷いた。
「それで、シスター。お引き受けいただけるでしょうか?」
念のため。確認のつもりだった。だが、返ってきた言葉は意外なものだった。
「ルナさんにはもっとふさわしい場所があるかもしれない……そんなふうに私は思うのよ」
――もっとふさわしい場所?
「アルテ。あなたは昔から、頭の中で導き出した答えを信じすぎるのです。……あなたはもっと耳を傾けるべきよ。周囲の声にはもちろん、自分自身の声にもね」
シスターは「ここを訪ねるのはその後でも遅くないわ」と告げ、静かに微笑んで扉を閉めた。
残された私たちは、ただ立ち尽くす。シスターの真意は、いったい何だったのだろう。
私たちは互いに言葉を交わさぬまま、林道を歩いていた。
陽はすでに傾きかけ、木々の隙間を縫うようにして、冷たい秋風が頬をなでていく。
「……アル、テシア、さん。わたしは……」
ルナは上目遣いで何かを言いかけたが、その声は途中でかき消えるようにしぼんでいった。
――ルナにとって、もっとふさわしい場所。
シスターの言葉が頭の中に反響する。身寄りのない彼女には、他に行き先などない。あるとすれば――私の家くらいだろう。もちろん、それは何度も考えた。けれどそのたびに却下した。ほんの少し旅を共にしただけの私と暮らしたいと、彼女が思うはずがない。そもそも、私のような人間に少女の保護者が務まるのか。
私と一緒にいるより、孤児院で生きるほうが彼女にとって幸せなはず。
ルナだって、きっとそれを……。
「私はアルテシアさんと一緒にいたいです」
澄んだ声に意識を引き戻される。
まっすぐ私を見つめるその瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。
そうだ。私はルナの気持ちを聞いてこなかった。ずっと隣にいたのに、きちんと声を聞いていなかったのだ。
彼女の言葉は嬉しい。私だって本当は、ルナと共に暮らしたいと思っている。
けれど――私のような者が隣にいていいはずがない。戦うことしか知らない、世間知らずの傭兵崩れの私など。
「アルテシアさんはどう思ってるんですか?」
濁りのない視線と言葉に押され、私は言葉を漏らす。
「きっと私はルナにとってふさわしくない。私なんかといるよりも……」
「私はアルテシアさんと一緒にいたいと言ってるんです。私の幸せを勝手に決めつけないでください!」
沈黙が場を満たす。私の理性は言葉を紡ごうとするも、形をなす前にほどけてしまう。私のこれまでの言葉はなんて空虚だったのだろう。
――ああ。ようやくわかった。私はずっと逃げていたのだ。ルナの気持ちからも、自分自身の気持ちからも、そして選ぶことの責任からも。
けれど、彼女の瞳は逃げることを許さない。ならば私も、もう逃げずに応えよう。伝えるんだ。思いを、すべて。
「私も……本当はルナと共にありたいと思っている。けれど、私はルナが思っているような立派な大人ではないんだ……」
ルナは一瞬喜んだあと、きょとんとした目をして言った。
「え? 私、アルテシアさんのこと、そんなに立派だなんて思ってないですよ?
つまんない冗談ばっかり言うし、変な視線向けてくるし、この前なんてはぐれて迷子になってたじゃないですか。
夢にうなされてたり、昔の知り合いに何か言われてすごい落ち込んでたり……」
「……もう、わかった。それ以上は……」
「でも、私はそんなアルテシアさんと一緒にいたいんです。弱くて、みっともないところもあるアルテシアさんとがいいんです!」
その声は風に乗って私の体を貫いた。純粋な想いをぶつけれられ、私の体は熱に包まれていく。頬に手をやると驚くほど熱かった。その想いは胸を照らし、私を縛ってきた影が静かに薄れていくのを感じた。
「……で、返事を聞かせてもらってもいいですか?」
私は年甲斐もなく頬を赤らめながら。あえてぶっきらぼうに言った。
「……そんなふうに言われて、断れるわけがないだろう。……好きに、すればいい」
「はい。好きにします!」
今まで見たどんな笑顔よりも眩しく、そして温かい笑顔だった。
こうして私は――少女と暮らすことになった。




