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ローブがくれたもの

「ちょうどいいものがあったな」


 そう呟いて、私は足元のザックに手を伸ばした。中から取り出したのは、一枚の黒い布。折りたたまれたそれを、ルナの前で広げてみせる。


「なんですか、それ。ローブ……?」


 ルナは不思議そうな顔をする。

 私が取り出したのは、魔術師を思わせるような長くて重たい黒いローブだった。


「ああ。ときどき使うんだよ」


「アルテシアさんって軍人さんなんじゃ……? あんまり必要なさそうですけど……」


 ルナは小首をかしげながら、遠慮がちにそう言った。

 私は少しだけ間を置いてから、軽く肩をすくめる。


「昔はね。傭兵みたいなこともしてた。でももう戦場には出ていないよ。今は畑仕事をして、ときどき何でも屋みたいなこともしている」


「ふうん……それなら、どうしてそのローブを?」


 私は微笑んで、問い返してみた。


「ルナはなぜ私が軍人だと思った?」


「えっと、それは……アルテシアさん、どう見ても剣士だし。すごく強いから……」


「その通り。誰が見ても私は剣士に見える。それは剣を携えて、革の胸当てにブーツという、いかにもな格好をしてるからだ」


 そう言いながら、私は黒いローブを軽く掲げて見せる。


「でも、もし剣を持たず、このローブを着ていたら? 少しは魔術師らしく見えるだろう」


 ルナはきょとんとした目でローブを見つめ、それから小さくうなずいた。


「何でも屋をしていると、依頼人に魔術師として見られたほうが都合が良いことがあるんだ。服装が変わっただけで、相手からの印象は結構変わるものだよ」


 ルナはむぅっとした表情で、ローブと私を交互に見比べた。


「でもそれって……ちょっとずるくないですか? 騙してるみたいで。アルテシアさん魔術師じゃないですよね?」


 私は思わず笑ってしまった。


「少しくらいは魔術も使えるさ。だから、完全な嘘というわけではない」


 ルナは眉をひそめ、じっと私を見つめる。


「それにね、変わるのは相手からの印象だけじゃない。このローブを着てると、私自身も少しだけ魔術師になったような気分になるんだ」


 ルナは疑わしげな、じとーっとした目つきで返してきた。


「ローブを着ても魔術の腕があがるわけじゃないですよ」


「その通りだ。変わるのは、気分だけさ。でも案外それが……」


 私は言いかけた言葉を飲み込み、ローブを掲げていた手とは反対の手で腰の短刀を抜いた。そして、ためらいなくローブの袖口や裾をざっくりと切り裂いていく。


「なにしてるんですか……?」


 驚いた様子のルナに、私は仕立て直したローブを差し出した。


「これでルナの背丈でもなんとか着れるだろう。多少乱暴な出来だけど――その服よりは、いくらかマシだろう」


 ルナはおそるおそる手を伸ばし、ローブに触れた。指先が黒い布にかかると、そのまま両手でそっと受け取る。


「……いいんですか?」


 ぽつりとルナが呟いた。


「もともと、あまり使っていなかったんだ。ルナが着てくれるならそのローブも喜ぶと思う。……私も、嬉しいよ」


 ルナはしばらく黙ってローブを見つめていたが、やがてそれを胸に抱きしめるようにして、小さく頷いた。


「着替えるので、あっちを向いていてください」


 ルナはそう言った後、少し考えるような仕草をしてから付け加えた。


 「……少しだけなら、覗いてもいいですよ。服のお礼です」


 どうやら、何か変な勘違いをしているらしい。無下にするのも野暮だと思い、私は苦笑しながらやんわりと返した。


「ありがたい申し出だけど、気持ちだけ受け取っておくよ」






 どこまでも広がるような夜の草原で私とルナは焚き火を囲んでいた。村を出て、次の村までの道のりを進んでいた私達だったが今夜はここで野営をすることにした。


 ルナは私の隣にちょこんと座り、着ているローブの袖の先を静かに見つめていた。


「なんだか、変な感じがするんです。この服を着ていると」


 薪をくべながら私は笑みを浮かべて答える。


「よく似合っているよ」


 するとルナはそっと首を横に振って、ぽつりと心の内を漏らした。


「……くすぐったいというか、落ち着かないというか……。私なんかが着てていいのかなって。……なんだか、今までの自分じゃないみたい……」


 私は手を止めて、ルナの顔を見つめた。

 焚き火の揺れる明かりが、その瞳に映っている。不安と安堵とが混じった複雑な感情が滲んでいた。


 ルナは目を伏せて、再び言葉を紡ぐ。


「服って、寒さをしのぐためのものだと思ってました。……でもこれは、それだけじゃない気がします」


 そう言って、彼女は両手でそっと胸元を押さえる。

 まるで、大切なものを包み込むように。


「大丈夫。……じきに慣れるさ」


 私はそう呟き、ゆっくりと夜空を見上げた。薄雲の切れ間に浮かぶ蒼い三日月が静かに夜を照らしている。

 隣に目をやると月明かりを浴びたルナが、ほんの少し――優しく微笑んでいた。

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