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悪夢

 目の前には、切り刻まれた人々のむくろの山があった。誰も彼も、急所に深い傷がある。命を奪うことだけを目的とした、的確な斬撃の跡。

 折り重なる顔のひとつに見覚えがあった。いや、よく見るとどの顔にも見覚えがある。

 ……ああ、そうか。

 これはすべて私の手によるものだ。

 右手が重い。見ると、そこには剣が握られていた。刃はべっとりと血に濡れ、赤い雫が、ぽたぽたと地に滴り落ちていた。


 背後に気配を感じた。

 振り返ると、血で汚れた服を着た少年が立っていた。

 涙を浮かべたその瞳が、じっと私を睨みつけている。少年は何かを叫んでいた。口を大きく開け、必死に言葉を放っている――けれど、不思議なことに、その声はまったく聞こえない。

 まるでこの世界から、音というものが消えてしまったかのようだ。

 少年はなおも叫び続けていた。音はなくとも、その眼差しから伝わる憎しみと怒りに、私はただ立ち尽くすしかなかった。

 胸の奥に、ずきりとした痛みが走る。

 鋭い刃物で刺されたかのような苦痛。私は思わず胸元を見下ろす。だが、そこに傷などなかった。


 ――その瞬間、足元の感覚が消えた。


 地面が抜け落ち、私はそのまま真っ暗な穴へと堕ちていく。

 底の見えない奈落。どこまでも、どこまでも下へ。

 風を裂く音が加速する。

 このまま底に衝突すれば、きっとそれが私の最期だ。


 裁きのときが迫る。

 闇の底が牙を剥き、私を迎えに来る。


 ――衝突の、その刹那。


 私は、ベッドの上で目を覚ました。






 また、あの夢を見ていたようだ。肌に張り付く汗が不快で、呼吸もまだ浅く乱れていた。


「アルテシアさん」


 幼い声がそっと呼びかけてくる。

 ルナが隣のベッドに腰を掛け、こちらを見つめていた。


「ずいぶん、うなされていたみたいですけど……大丈夫ですか?」


 昨夜までは一度も話しかけてくることのなかった少女が、今は静かな声で私を案じている。

 一晩かけて考え、少しだけなら心を開いてもいいと思ってくれたのかもしれない。


「ああ。少し悪い夢を見てただけさ」


 そう言って、背を起こし、ルナの方へ顔を向けた。

 心配そうにこちらを見つめるその瞳には、昨日よりも溌剌はつらつさを感じる。肩まで伸びた黒髪も、どこか艶を帯びて見えた。

 こうして正面からじっとルナのことを見つめるのは、これが初めてだったかもしれない。

 年の頃は、八つくらいだろうか。細く華奢な体つき。整った目鼻立ちには、まだあどけなさが色濃く残っている。土ぼこりにまみれていても、その顔立ちには確かに品のようなものが感じられた。くたびれたチュニックをまとい、足元は土で汚れているというのに、どこか高貴さすら漂っている。


「なんですか?ジロジロ見て」


 ルナは不安げな表情を浮かべながらも、はっきりとした口調で言った。


「いや、ずいぶん顔色がよくなったと思ってな」


「久しぶりに、ぐっすり眠れたからだと思います。あらためて――昨日はありがとうございました。森で助けてくれたこと、村まで案内してくれたこと、それに、宿まで取っていただいて……本当に助かりました」


 ルナはぺこりとお辞儀をした。


「それを伝えたかっただけです。それでは」


 そう言って立ち上がろうとするルナに、私は思わず声をかけた。


「待ってくれ。これからどうするつもりだ? 行くあてはないと言っていただろう」


「なんとかします」


「子供が一人で生きていくには、この世界は厳しすぎる。……もう、あんなふうに捕まりたくはないだろう?」


 ルナははっと息を呑み、俯いた。

 その反応が、すべてを物語っていた。


 ――ルナは、あの行商人に「売り物」として捕らわれていたのだ。


 あの服を見たときから気づいていた。

 商人が安さを理由にこぞって売り物に着せるその服を。

 あの粗雑なチュニックは「商品」であることの証なのだ。

 どんなに貧しくとも、我が子には決して着せることはないものだ。


「気づいてたんですね。……そうです。街で物乞いをして暮らしていたある日、あの男に捕まりました。

 でも、もうあんなマヌケな真似はしません。次は絶対、誰にも捕まらないようにします」


 ルナは気丈な声を絞り出すように言った。口調とは裏腹にその瞳はかすかに不安に揺れている。


「もし行くあてがないなら、私にひとつ案がある。

 私の村の近くに孤児院がある。そこなら、食べる物にも寝床にも困らない。

 ……行ってみる気はないか?」


 少しの沈黙の後、ルナは小さくうなずいた。


「食べ物に困らないというだけで、私にとっては天国です」


 そう言って浮かべた笑みは、どこかぎこちなく、すぐに視線を落とした。大方、私に対して負い目でも感じているのだろう。私は少しでも気を楽にさせようと、軽く笑いながら言葉をかけた。


「気にする必要はない。こんなに可愛い女の子と旅ができて私はとても嬉しいんだ。むしろこちらから頼みたいくらいだ」


 その言葉を聞くと、ルナは身震いをして、なにかおぞましいものでも見るかのような視線を向けてきた。言葉を選びを盛大に後悔しつつも、私は引っ込みがつかなくなって、ぎこちなく続ける。


「……これからよろしくな。ルナ」


「よ、よろしく……おねがいし、ます」


 顔を引きつらせながら、しぶしぶといった調子でルナは返事をした。

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