青い来訪者
ライプニルの使者は、きっかり十日後に現れた。
唐突にドアが激しく叩かれ、乾いた音が室内に響き渡る。次の瞬間、元気な少女の声が外から飛び込んできた。
「ライプニル様のお使いで来ました! ミルカっす! 開けてもらっていいっすかー!」
昼食の途中、突然の訪問者に思わずルナと顔を見合わせる。
「おっ。鍵開いてるっすね。入っていいすかー? 入るっすねー!」
了承を待つ間もなく、勢いよく上がり込んできたのは十代前半と思しき少女だった。
青い髪が印象的で、その声に似合う溌剌とした雰囲気をしている。
ミルカと名乗ったその少女は、私たちを見た途端ににっこりと笑い、
「おいしそうなもん食べてますね! お構いなく! 私はお茶で大丈夫っすよ!」
と、当然のようにお茶を要求してきた。
「……なんですか。この人」
ルナが青髪の来訪者に呆れ顔をする。
「前に話した、竜の王子の眷属か何かだと思う」
そんな話をしていた私たちの向かいに、ミルカは何食わぬ顔で腰を下ろした。
私たちの顔を覗き込みながら、うんうんと満足げに頷く。
「そっちのちっちゃくて可愛い子がルナちゃんで、こっちの強そうなお姉さんがアルテさんっすね!アルテさんはもっと怖い人だと思ってたっすよー。並の竜より強いって聞いてたんで、とんでもない化け物かと……。いやー、美人のお姉さんで安心したっす! アルテっちって呼んでいいっすか?」
「別に構わない。好きに呼ぶといい。お茶はハーブティでいいかな?」
ミルカの軽い返事を聞き流しながら、私は立ち上がってキッチンへ向かった。湯を沸かす音が静かな部屋に広がり、さっきまでの騒がしさが嘘のように遠のいていく。
「それで、ミルカさんは私たちにお仕事の依頼をしに来たんですよね。その……ライプニルさんに頼まれて」
と、ルナが切り出した。ミルカはハーブティを一口飲み、ふうっと小さく息を吐いてから、さっきより気持ち穏やかな声で答えた。
「そうっすよ。お仕事の依頼っす。まあ私もできることは手伝うんで、今回は協力者でもあるっすね。あ、あとルナちゃん。私のことは“ミルカっち”とか“ミルカちゃん”でいいっすよー!」
ミルカの勢いに、ルナはどこか戸惑いながらも、その表情はまんざらでもない様子だった。嬉しさと照れが入り混じったその顔を見て、私は知らず口元を緩めていた。その様子を見つめていると、視線に気づいたルナが訝しげな顔をしたので、ごまかすように本題へと話を戻した。
「ライプニルからは、森の中の厄介なものを片付けてほしいとだけ聞いていたが、一体そこには何があるのかな?」
「遺跡っす。森の奥深くにあるのは――数千年前に滅びた古代都市っす」
ミルカの声が少しだけ低くなる。
「誰もいなくなったその都市を、今もなお守り続けている“守護機構”があるんすよ。アルテっちたちにお願いしたいのは、その守護機構の破壊っす!」
数千年前に滅びた都市。滅びてから幾千年ものあいだ、誰もいなくなったその都市を守り続ける都市機能。その姿を思うと、胸の奥が鈍く痛んだ。この痛みの正体は――一体、何なのだろう。
「あの、ミルカちゃん。その守護機構って……どんなものなんですか?」
「生存者の報告によると、それは――剣を携えた人形に見えたそうっすよ」
ミルカはニコッと笑い、鋭い歯をのぞかせた。
「そこそこ強い魔族に何度か仕事を依頼したんすけど、ほとんど全滅したっす。よっぽど強いみたいっすね。そのお人形さんは」
他人事のように言うミルカに私は疑問を投げかけた。
「強いとは言え、竜族ほどではないだろう。ライプニルの眷属の竜ならすぐに片付く仕事なんじゃないか?」
ミルカはため息をつき、ふう、と不満げに口をすぼめた。
「この都市の周囲って、竜族の嫌う植物でがっちり覆われてるんすよ。あのトゲトゲのやつ! あんなのがなかったら、わたしがぶっ壊しに行くんすけどね」
「えっ……?」
ルナが思わず声を上げた。ルナの反応にミルカは首をかしげてから軽く笑う。
「あれ、言ってなかったでしたっけ?そうっすよ。わたし、竜っす。水竜のミルカ」
青い髪の少女――元気で人懐っこく、少し軽い印象を与えるその子は、まるで天気の話でもするように言った。
自らが竜であると。
かちかちと鋭い歯を鳴らす彼女の瞳は、滾るようにわずかに赤く光って見えた。




