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第98話 指先の温度

数分間の沈黙がつづく。

紫苑さんの低い吐息だけが、静かな部屋に落ちた。


やがて、紫苑さんが低い声で言った。


「天音……お前は、最高神代理がなぜお前を狙ったか……分かっているはずだ」


はっと顔を上げる。

紫苑さんの瞳は、逃げ場を与えないほど真剣で、だけどどこか切なげだった。


「だいたいの推測はできている。だが――お前の口から直接聞くまでは、自分の推測でも信用はしない……」


言葉と同時に、紫苑さんの指先がそっと私の頬に触れた。

ひやりとした指先が、すぐに体温を帯びる。

その感触が、心臓の鼓動と重なる。


(……言わなきゃ……紫苑さんに……ずっとこのまま黙っている訳にもいかない……天禰さんの事、前世の事)


胸の奥がざわめく。

でも、喉が動かない。


――言ってしまえば、紫苑さんはきっと天禰に近づく。

私ではなく、天禰を見てしまう。

紫苑さんが見せるその目が、天禰に向けられるものになるのが、怖い。


(そんなの……いやだ……)


「……私……」


声が震える。

心臓がうるさくて、呼吸が浅くなる。


紫苑さんは急かさなかった。

ただ黙って、困ったような表情のまま指先で私の頬をなぞるようにして待っている。

その静かな眼差しが、余計に苦しい。


(言いたい……でも、言えない……!)


胸の奥で、天禰の声が遠く響く気がした。

『天音、大丈夫⸺紫苑を信じて』


私は視線を落とし、唇を強く噛んだ。

紫苑さんの指先が、ほんの一瞬だけ止まる。


「……悪かった……突然こんな事言われても、今のお前は混乱するだけだな」


低く落ちた声は、どこか寂しげで、自分を責めているようにも聞こえた。

紫苑さんはゆっくりと手を離し、背を向ける。


「今は休め。……これ以上は追求しない。ただ警戒は怠るな」


その背中が遠ざかっていく。

その広い背中に、手を伸ばしたいのに、伸ばせない。


胸の奥がきゅっと痛む。


(私……このままじゃ、だめだ……)


言えなかった言葉が喉に残って、苦しい。

紫苑さんの背中が、こんなにも遠いなんて――


私は静かに、部屋を出た。


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