第97話 紫苑の瞳に宿るもの
仲間たちと別れ、廊下を並んで歩く。
静かな足音だけが響き、さっきまでの賑やかな空気が嘘のように消えていた。
紫苑さんの自室に入ると、彼は私に椅子をすすめ、自分は壁に背を預ける。
ほんの少し、いつもより疲れたように見えた。
「天音が攫われてから……こっちでは、一週間ほど過ぎていた」
紫苑さんの低い声が部屋に落ちる。
「俺達はすぐにお前の捜索を開始したが、天使たちの妨害があった。救出が遅れたのは、そのせいだ」
「……そんなに、時間が……」
私の胸の奥がじわりと熱くなる。
一週間も……みんな、必死に探してくれていたんだ。
それでも、胸の奥に引っかかりが残る。
「紫苑さん……あの、私……」
言葉を選びながら、唇を噛む。
「最高神代理が言ってたんです……紫苑さん達は来ない……私の幻と笑い合ってる頃だと……」
紫苑さんの目がわずかに細められる。
一拍置いて、静かに首を振った。
「お前の幻など存在しない、断言する……最高神代理が、お前の心を折るために仕組んだ虚言だろう」
淡々とした声に、少しだけ怒気が混じっていた。
私は俯き、両手を膝の上でぎゅっと握りしめる。
あのとき感じた感触、声、笑み……全部鮮明に覚えているのに。
でも、紫苑さんがそう言うのなら――信じたい。
「最高神代理は巧妙で、狡猾だ。目的のためなら手段は選ばない……今回奴は天音を捕らえ、そして逃げられた……奴はこれからもお前を必要に狙うだろう」
紫苑さんの声は冷ややかだったが、その目は――静かに、燃えていた。
怒りと憎しみを押し殺した、深い闇のような眼差し。
私の胸がぎゅっと締めつけられる。
(……紫苑さん、怒ってる……私のために、こんな顔を……)
言葉を失ったまま、私はただ彼を見つめ返すしかできなかった。




