第93話 裂け目の向こうに
刀が光を帯びた瞬間、
耳を裂くような音とともに、白い空間がひび割れた。
「……開けぇっ……!」
全身の力を込めて、刀を振り抜く。
空間に黒い裂け目が走り、そこから風が吹き込んできた。
(……外……!)
一瞬だけ見えたのは、夕暮れ色の空。
そして――裂け目の向こう、紫苑さんの横顔が一瞬だけ映った。
「紫苑さん……!」
目が合った――そう思った瞬間、裂け目は指先が触れる前に音もなく閉じた。
「……っ!」
息が詰まる。
手が、足が、震えた。
その瞬間、背後から冷たい気配が広がる。
背筋を氷でなぞられたみたいに、心臓が跳ねた。
「……面白い」
低い声が、すぐ耳元で響く。
振り返った瞬間、そこに立っていたのは――
最高神代理。
空間の主が、何の予兆もなく現れた。
その存在だけで、足元の空気が重く沈む。
「ここまで空間を裂いた人間は……久方ぶりだ」
氷のような瞳が、私を貫く。
その視線に、呼吸が浅くなる。
「だが、無駄だ」
その言葉と同時に、彼の指がかすかに動いた。
私の刀が手から弾かれ、床に落ちる。
「……っ!」
慌てて拾おうとするが、
重力そのものが増したみたいに、腕が動かない。
「必死に抗う様は、見ていて滑稽だな」
最高神代理は、淡々と告げる。
表情は微笑んでいるのに、冷たい。
「紫苑も、八雲も、お前を見捨てる。お前がどれだけ叫んでも、もうここには来ない」
「……紫苑さんと、八雲さんを……?」
胸が、ぎゅっと痛む。
紫苑さんの顔、水輝さんの声、絢華さんの背中――
皆の笑顔が……全部が偽物だって、そう言うの?
「……違う……」
かすれた声で、否定する。
でも、指先の感覚が遠のいていく。
「お前の足掻きは見届けてやろう。
せいぜい、ここで朽ちるまで踊るがいい」
そう言って、最高神代理は薄い笑みを残し、
音もなく闇に溶けた。
――静寂。
でも、鼓動だけはやけにうるさく響く。
息をするたび、喉が痛い。
(……幻なんかじゃない……!)
胸の奥で、天禰さんの声がそっと響いた。
『……信じて。あれは幻じゃない。天音が選んだ現実よ』
私は膝をつき、震える指で刀を拾い上げる。
立ち上がる足はまだ重い。
それでも、決意だけは折れていなかった。
(絶対に……絶対にここから出る……!)
足元に、まだ残る裂け目の光がかすかに揺れた。
私は深く息を吸い込み、刀を構える。




