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第80話 近づく鼓動、触れた温もり

紫苑さんの後について、本部の廊下を歩く。

仲間たちはもう各自の部屋に戻っていて、廊下はしんと静まり返っていた。

胸の奥でまだ鼓動がうるさくて、自分の足音さえ大きく響いているように感じる。


「……少し休んでいけ。落ち着くまで、俺の部屋で」

紫苑さんが振り返って言った瞬間、私は息を呑んだ。

だって、それはつまり――二人きりになっていいってこと、だから。


扉を開けて中に入ると、紫苑さんの部屋は意外なほど整っていて、余計なものが何もなかった。

けれど、その静けさが余計に緊張を煽る。

ソファに腰を下ろすと、まだ手がわずかに震えているのを紫苑さんに見抜かれてしまった。


「……怖かったんだな」

「……はい。でも、それだけじゃなくて……」

言葉に詰まる。怖さだけじゃなく、紫苑さんがそばにいてくれた安心も、胸を熱くしているから。


気づけば、紫苑さんが私の手を包み込んでいた。

大きくて温かい掌。その感触に、さっきまで冷えていた指先がじんわりと解けていく。


「お前が無事で……本当に良かった」

低く囁かれるその声に、胸の奥が熱く締めつけられる。

こんなにも近くで、紫苑さんの想いを感じられるなんて……。



「紫苑さん……」

呼ぶだけで、声が震えた。

彼の瞳が真っすぐに私を捉え、逃げ場をなくす。

鼓動の音が、もう自分のものなのかさえ分からなくなるくらいに早まって――。


その瞬間、紫苑さんの指先が私の頬に触れた。

熱を帯びた掌が優しく撫でるように輪郭をなぞって、呼吸が止まりそうになる。


「……泣きそうな顔をしている」

「……だって……紫苑さんが、優しいから……」

本当は怖かった気持ちよりも、彼に触れられたことの方が胸をいっぱいにしていた。


気づけば、私は小さく身を寄せていた。

紫苑さんの胸に触れる距離まで近づいて、堪えきれずに額を預ける。

鼓動が直に伝わってきて、それがとても心地よかった。


「……強がらなくていい」

頭を包むように大きな手が重なり、髪をそっと撫でてくれる。

その優しさに、胸の奥がじんわりと溶けていく。


「紫苑さん……私……」

言葉にしようとして、唇が震える。

“好き”と伝えたら、きっと何かが変わってしまう。

でも、今はただ――この温もりを手放したくなかった。


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