第6話 痛みと怒りと私の決意
部屋を出て、歩き続けること数分――。
紫苑さんに連れられて辿り着いたのは、巨大な訓練場だった。
壁も床も黒曜石のように黒く硬質で、ところどころに結界陣らしき文様が浮かんでいる。
天井は高く、体育館の数倍はありそうだった。
私は訓練場の真ん中に立たされ、向かい合うように八咫烏のメンバー全員の冷たい視線が突き刺さる……。
「おいおい……本当にこいつを訓練させるのかよ。」
一鉄さんが鼻で笑った。屈強な体格で腕を組み、その瞳には侮蔑の色しかない。
「怪我しても知らないわよ。」
絢華さんは大剣を背負いながらも無駄のない立ち姿で、私を見下ろして嘲るように笑った。
「ふん……素人相手じゃ時間の無駄ね。」
桔梗さんは銃を弄びながら鋭い視線を向ける。
「すぐ泣き喚いて逃げ出すんじゃない?」
冷たい言葉が次々と突き刺さる中――。
「……始めるぞ。」
紫苑さんの冷たい声が響いた瞬間、煌さんが無言で手を上げた。
背後から二体のドールが現れる。機械と布と呪符で構成された禍々しい人形。
「……さあ、頑張って。」
煌さんの淡い金の瞳は無感情で、ただ私を見下ろしていた。
ドールが一気に私へ飛びかかってくる。
「きゃっ……!」
咄嗟に避けようとするが、床で足を滑らせ尻餅をつく。
ドールの鋭い爪が頬をかすめ、血が滲んだ。
(……痛い……っ)
「立て。」
紫苑さんの冷たい声が響く。
「まだ終わってないわよ。」
絢華さんが口元を歪めると、重力が私の体を押し潰した。
全身が地面に縫い付けられるように重く、息をするのも苦しい。
「重すぎて……動け……ない……!」
必死に地面を叩くけれど、全く力が入らない。
「はぁ……こんなんじゃ、すぐ死ぬわね。」
絢華さんが呆れたように言い、重力を解く。
解放された瞬間、私は力が抜けてまた倒れ込む。
――その時、影が差した。
顔を上げると、一鉄さんが無言で立っていた。
次の瞬間、強烈な衝撃が体を襲う。
「がっ……!」
軽く蹴りを入れられただけなのに、私は宙を舞い、そのまま訓練場の壁に叩きつけられた。
「…………っ!」
背中から鈍い音と一緒に何かが軋む感覚が走る。
息を吸おうとするたび、肺が破れそうで……声すら出なかった。
(……痛い……体が動かない……)
そんな私を見下ろしながら、桔梗さんが冷たく吐き捨てる。
「こんな奴……訓練する価値もないわ。」
「ふん……ほら見なさい。戦う覚悟もないくせに、ここにいるからよ。」
絢華さんも笑う。
「ガキが来ても足手まといだろ。」
一鉄さんは肩をすくめた。
「……大丈夫?」
凛子さんが心配そうに手を伸ばそうとするけれど、その手も途中で止まる。
煌さんは無言で私を見下ろし、淡々と呟いた。
「無駄だ。」
(……無駄……?私が……?)
痛みと恐怖と悔しさで、視界が滲む。
震える指先で地面を掴むけれど、体が言うことをきかない。
でも……でも……。
(……覚悟なんて……覚悟なんてできてないよ!!)
心の中で抑えていた感情が溢れ、声が震える。
「昨日まで……普通の高校生だったんだよ……!?
いきなり戦えって言われて……はい、そうですかなんて……できるわけないじゃん……っ!!」
涙が頬を伝う。
「でも……でも……
私は……家族を……日常を取り戻したいから……ここにいるの!!」
八咫烏のメンバー全員が沈黙した。
紫苑さんは無言で私を見下ろしていた。
その瞳に、僅かに揺らぎが見えた気がする。
(泣いてる場合じゃない……私が……強くならなきゃ……
家族も……日常も……取り戻せない……!)
必死に息を整え、私は壁を伝いながら立ち上がった。
滲む視界の先で、紫苑さんの背中が微かに光に滲んで見えた――。