第60話 黒鎌の神兵
目の前に立つのは、さっき――凛子さん話してくれた少年。
でも今は、神気の鎧をまとった“神兵”として、私たちに鎌を向けている。
「……陸……」
凛子さんの声は、風に消えるほど小さい。足は地面に縫いつけられたみたいに動かない。
私は腰のポーチから小型通信機を取り出し、凛子さんの手に押し込む。
「もし何かあったら、紫苑さんたちに……必ず伝えてください」
凛子さんは震える指で通信機を握るけれど、その視線は陸から離れない。
何も言えないまま、ただ――目の前の現実を受け止められずにいる。
『……凛子』
通信機から低く鋭い声が響いた。紫苑さんだ。
『目を覚ませ。お前は八咫烏だ。仲間を見殺しにする気か』
その言葉に、凛子さんの肩がビクリと揺れた。
ほんの少しだけ、瞳の奥に光が戻る。
「……でも……」
凛子さんの呟きは、私の耳にもかすかに届いた。
その迷いを振り切るように、私は一歩、前へ踏み出す。
「行きます」
私は小さく息を吐き、足に力を込めた。
床を蹴ると同時に、手のひらに神気を集める。
光が弾ける――それと同時に陸の手からも黒い刃が形作られた。
刃と刃が衝突し、火花が散る。
衝撃が腕を伝い、肺の奥まで振動が響いた。
――重い……!
単なる力じゃない、神兵としての圧力が全身を押し潰そうとしてくる。
「陸さん!!武器を置いて!!私は……私達は貴方と戦いたくない!!!」
喉が潰れそうなほど声を張り上げる。
陸さんに届け⸺。
そう願いを込めて。
けれど陸の表情は変わらない。
私が押し返しても、彼は機械のように次の一撃を繰り出してくる。
斜め下からの切り上げ。
それを身を反らして避けると、すぐに突きが迫る。
刹那、頬をかすめる冷気。血の匂いが、ふっと鼻をかすめた。
ほんの一瞬、腕に痛みが走り、呼吸が乱れそうになったが必死に踏ん張った。
「……っ!」
(このままじゃ、凛子さんも陸さんも救えない……)
心臓が跳ねる。
私が少しでも遅れれば、今の一撃で終わっていた。
後方から、まだ動けない凛子さんがこちらを見ている気配を感じた。
(お願い凛子さん……立ち上がって!私一人じゃ、この闇を押し返せない。)
だが、今は目の前の刃に集中しなければ――。
私は歯を食いしばり、再び陸へ踏み込んだ。
(お願い……天禰私に力を!)




