第59話 守れなかった命
廃病院の薄暗い手術室で静かに息を潜めている凛子さんの声が、少しずつ語り始める。
「昔ね、私は看護師をしていたの。病院で、小さな子供たちの命を守る仕事だった」
彼女の瞳にわずかな痛みが宿る。
「その中に、小児がんの男の子がいた。とても優しくて、強い子だった。私は何度も『きっと治るよ』って嘘をついてしまった。あの時は、本当にそう信じたかったから」
凛子さんはかすかな笑みを浮かべるが、すぐに表情を曇らせた。
「でも、最後にその子が私に言ったんだ。『もっと生きていたい』って。その言葉が胸に刺さって……」
彼女は深く息をつき、視線を天井に向ける。
「私は簡単に希望を与えた。でも、その希望は叶わなかった。あの子の命は儚く消えてしまった」
凛子さんの声に揺らぎが生まれる。
「あの時の後悔が、ずっと私を縛っていた。だから、贖罪の気持ちで八咫烏に入った。もう誰も、一人で苦しまないように、私が守るって決めたの……そしてあの子に謝る為に」
静寂が手術室に満ちる。
「私の過去は、そんな弱さと後悔に満ちている。でも、今は……天音ちゃん、皆と一緒にいるから、少しずつ強くなれてる」
凛子さんの瞳が、天音へと真っすぐに向けられた。
「聞いてくれてありがとう、天音ちゃん。これからも、共に歩んでほしい」
胸が熱くなり、私は強く頷いた。
「はい、凛子さん。一緒に、ずっと守り合いましょう……でも一つだけ教えてください、どうして突然居なくなったんですか?」
私の問いかけに、凛子さんは口をつぐむ。
「それは……」
突然、通信越しに紫苑さんの焦った声が響いた。
『天音、凛子、至急離脱しろ! 状況が急変している!』
「了解!!」
私は、凛子さんの手を取り急いで手術室の出口へと向かった。
その時、重い扉の影から、ふと小さな影が現れた。
凛子さんの瞳が大きく見開かれ、震える声で名前を漏らす。
「……り……く」
その少年は静かに、しかし確かな意思を宿した瞳でこちらを見つめていた。
身体には似つかわしくないほど大きな鎌が光を反射し、無機質な顔に生気はない。
「……神兵!」
私は即座に確信する。
目の前の少年は、結さんと同じ――神兵だ。
咄嗟に刀に手をかける私の前に、凛子さんが立ちはだかった。
「待って! 天音ちゃん、この子は……さっき私が話した、あの男の子なの!」




