第54話 過去の愛と、今の私
気がつくと、私はあの白い世界に立っていた。
どこまでも広がる光の中、振り返れば――天禰さんがいた。
銀色の髪が光を受けて揺れ、柔らかな微笑みがこちらを向く。
「……会いたかった」
言葉がこぼれる。胸の奥からせり上がって、止められなかった。
天禰さんは少し驚いたように目を瞬かせ、それから歩み寄ってきた。
「珍しいね。あなたから呼んでくれるなんて」
「……聞きたいことがあって」
自分でも声が震えているのがわかる。
「紫苑さんと……前世で何があったのか。二人は、どういう関係だったのか……教えてほしい」
一瞬、天禰さんの表情に翳りが差す。けれど、それはすぐに消えて、優しい眼差しが私を包んだ。
「天音……世界には、知らなくてもいいこともあるんだよ」
「それは過去のこと。無理に知る必要はない。それに、あなたには――まだ、その覚悟はない」
「でも……!」
反射的に声が大きくなる。
「私……知りたい。紫苑さんが、何を見てるのか。本当に見ているのは私なのか……」
天禰さんは静かに首を振った。
「焦らなくていい」
それでも、私の目を見つめながら続ける。
「望むなら……少しだけ話すよ」
間を置いて、ゆっくりと告げられる。
「紫苑と私は、前世で……深く愛し合っていた。互いに支え合い、守り合った……かけがえのない存在だった」
胸の奥が締めつけられる。
それが嫉妬なのか、哀しみなのか、自分でもわからない。
「でも、それはもう過去のこと」
天禰さんの声は、悲しみと優しさを含んでいた。
「終わったことよ。今の紫苑は、私ではなく……“あなた”と共に生きている」
そう言い切ったはずのその瞳に、ほんの一瞬、消しきれない色が揺れた。
そこで一度、天禰さんは言葉を止め、少しだけ目を伏せた。
「……でも、紫苑は過去に縛られている。私がしたことが……前世の彼を、そして今の彼をも、苦しめている」
その言葉が胸に落ちて、静かな余韻が広がる。
――けれど、すぐには信じられない。
「……私、どうしたらいいの? 私は知らない……天禰さんのことも、紫苑さんのことも……前世のことも、何も」
気づけば、子どものように縋る声を出していた。
胸に溜めていたものが、一気に言葉となってあふれ出す。
天禰さんはそっと微笑み、私の頬に触れる。
「一気に知ろうとしなくていい……天音が望めば、いつでも会えるから」
「知りたいと思うなら、少しずつでいいの……答えは、あなたが見つけるもの」
その瞳はまっすぐで、温かかった。
「過去に縛られず、でも向き合って……未来を選ぶ強さを持って」
「そして……紫苑に教えてあげて。過去ではなく、“今”と“未来”を見てって」
天禰さんの手の温もりが、胸の奥まで染みていく。
「天音なら、それができるから」
次の瞬間、光が溶けるように薄れていき――私は現実へと引き戻された。




