第50話 八咫の神が待つ場所へ
夜の出発まで、あと数時間。
私は、じっとしていられなくて、訓練場へと足を向けていた。
息を吸い込む。冷たい空気が肺に広がり、身体が目覚めていく。
動いていないと、余計なことばかり考えてしうから。
一心不乱に刀を振るう⸺。
悩みや迷いを断ち切りたいそう思いながら刀振り続けた。
天禰――前世の私。
そして、神威という、まだ私には使いこなせない力。
(……使いこなせない、じゃなくて。怖がってる、のかもしれない)
膝をつき、地面に手をついて深呼吸する。
不安を振り払うように立ち上がり、再び構えを取ろうとした時。
「……迷ってるな」
背後から、低く、静かな声が届いた。
振り返ると、そこには八雲さんがいた。淡々とした表情。だけど、視線はまっすぐに私を見据えていた。
「八雲さん……」
「焦るな。力は、正しく使えなければ、お前を壊す」
「……そんなふうに見えますか?」
思わず問いかけた私に、八雲さんは少しだけ目を細めて言った。
「迷っている者の目だ」
迷っている者の目。きっと、そうなのだろう。天禰の記憶を見てから、私はずっと揺れている。
「でも、私は――」
「選ぶのは、お前だ。力を使うのも、生き方決めるのはお前自身だ」
その言葉に、私は思わず息を呑んだ。
「……八雲さん、何か知っているんですか?」
そう問いかけた。けれど、八雲さんは静かに視線を逸らし、ただ一言だけ呟いた。
「知っているかどうかなど、意味はない」
そして、それ以上は何も言わなかった。
(……やっぱり、何かを知ってる)
でも、それを教える気はないのだ。今の私には、まだその答えに辿り着く覚悟が足りないと、そう言われた気がした。
──
そして夜。私は頭領室の前に立っていた。
扉をノックすると、紫苑さんの低い声が返ってくる。
「入れ」
中へ入ると、紫苑さんは机に肘をつき、私を見ていた。
「来たな⸺ついて来い」
紫苑さんは立ち上がり、私の横をすれ違って、扉を開ける。
急ぎ足で後を追うと、外は静かな夜の気配に包まれていた。星が、まるで導くように空に瞬いている。
本部とは別の建物へ紫苑さんは迷いなく進んでいく。
「これから向かうのは、“神域”だ」
「神域……?」
「“八咫の神”に会いに行く。俺たち八咫烏を創設した存在に、直接な」
思わず、息を呑む。
神……?
それは、私の前世に繋がる何かに触れる場所なのか。紫苑さんが何も説明しないのは、おそらく……自分で知れということなのだろう。
私は拳を握りしめ、頷いた。
「はい。よろしくお願いします」
神域へと向かう夜。
それは、私が“自分自身”と向き合う、始まり。




