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第41話 この胸が叫ぶから

緊急警報が鳴り響いた夜――。

私は会議室のモニターの前で、固く拳を握り締めていた。


集合してすぐ、紫苑さんからの一言で、自身の出動は拒まれた。


「お前は本部待機だ。傷が完治していない」


「……でも、私、もう動けます。任務に――」


「“動ける”と“万全”は違う。これは命令だ」


淡々とした口調。

だがその裏に、確かに“優しさ”のようなものを感じ取っていた。


(初任務で負った傷……自分ではもう大丈夫だと思ってたのに)


少し動けば痛むのは確かだった。

だが、仲間と共に現場に立てるようになってきた矢先だっただけに、その判断が、悔しかった。


紫苑さんの背中が、何も言わずに遠ざかっていった時――

私は、胸の奥がじんわりと熱を帯びるのを感じた。


(置いていかれた……)


会議室に戻った今、私は複数のモニターを通して現場の様子を見つめている。

出動メンバーは、紫苑、絢華、水輝、凛子、一鉄、八雲、桔梗。

堕天使の出現地点は、都心部の廃ビル群。

国がすぐに動き、結界を張ってくれた事で一般人には認識出来ないが、すでに煙が立ち込め、戦闘は始まっていた。


画面の中で、堕天使たちが襲いかかる。

八雲さんが間合いを詰め、双剣で一体を斬り裂く。続けて水輝さんの具現化武器が輝きを放ち、後方からは桔梗さんが援護射撃を行っていた。


だがその最中――


(……?)


画面の隅、混戦の中に一人、他と様子の違う神兵の姿があった。

他の神兵よりも小柄で、やせ細った体に傷が目立つ。けれど、その瞳だけが異様に鋭く、何かに縋るような怒りと悲しみをたたえていた。


「……誰、あの子……?」


ふと、視線を移したその先。

その神兵の姿を見た瞬間――。

一鉄さんの動きが止まった。


画面越しでもわかる。彼の目が大きく見開かれ、表情がこわばっていく。

凛子さんがすぐに彼に声をかけるが、一鉄さんは返事をしない。ただ、そこに立ち尽くしている。


紫苑さんが横に立ち、短く何かを言う。

だが、一鉄さんは動かない。紫苑さんの言葉を聞いているのに、体が硬直したまま。


私の胸に、ざらりとした違和感がよぎる。


(まさか……)


あの子が誰なのか、確証はない。

けれど、あの時、一鉄さんがふと漏らした言葉が、頭に蘇る。


――「天音を見ると、娘を思い出すことがあるんだ」


(……まさか……でも、そんなはず!)


目の前の少女は、あまりにも悲しそうな顔をしていた。

戦っているというより――彷徨っているような目だった。


そして、仲間たちはその神兵と戦っている。

絢華さんが押され、水輝さんの肩に血が滲む。

それでも、一鉄さは――動けないまま。


私は、ただモニターの前で拳を握るしかできなかった。


(一鉄さんのあの反応……おそらく、あの神兵は一鉄さんの娘さん……でもありえるの?……)


紫苑さんが言ってた『神兵化』⸺。

ここより遥か上に居る、神々によって眷属にされた、人を言うらしいが……自分の目で見るのは始めてで、初任務でも感じた得体の知れない恐怖がモニター越しでも分かる。


体が熱い。悔しさと、もどかしさと、焦燥。

出動を拒まれた理由が、正しいのはわかっている。

けれど、心が納得できない。


(何もできない……。なのに、ここで見てるだけなんて……っ)


震える声が、静まり返った作戦室にこぼれ落ちる。


「……私も……もっと強くならなきゃ……」


その言葉は、誰にも届かない。

ただ私の中で、決意のように小さく火を灯していた。


「……あれが……」


背後から、千歳さんのかすれた声が漏れた。


私は呆然と立ち尽くし、モニターの中で戦う姿から目を逸らせなかった。


胸が苦しい。喉の奥が、締めつけられる。


理由なんて分からない。

だけど、彼女の姿を見た瞬間——心が、引きちぎれるように痛んだ。


(……苦しんでる……)


わからないはずなのに、涙が滲む。

でも、感情が流れ込んでくる⸺。


その時——

倒れかけた仲間の姿が映った。武装が砕け、地に伏した。

神兵の少女が槍を振りかぶる。

その刹那——


「……ダメ……」


息を呑むように呟いた天音の足が、勝手に動いた。


「……っ、行かなきゃ」


喉から漏れた声は、自分のものとは思えなかった。

ただ、気づけば走り出していた。


「天音ちゃん!」


千歳さんが叫んだ。


「あれほど言ったでしょう。怪我はまだ完全には——!」


「ダメ……頭領の命令……絶対……」


煌さんの鋭い声が背中に突き刺さる。

それでも、私は止まらない。

千歳さんが手を伸ばし、腕を掴む。


「あなたが戦って、倒れてしまったら……紫苑さんは、あなたを守るために命を懸けるわ」


言葉の奥に、切実な想いが滲む。


私は、振り返りその瞳は、まっすぐに千歳さんを見つめていた。


「それでも……」


喉の奥で震える声を、必死に押し出す。


「……行かなきゃって、思ったんです。理由は……わからない。怖いです。でも、あそこに行かなきゃ、いけない気がして……っ」


唇を噛みしめた。


「戦えるわけじゃない。何かできるかもわからない。でも、見てるだけなんて……できない」


私の手が、千歳さんの手をそっと振りほどく。


煌さんが目を細める。

いつもの軽薄な笑みではなかった。


「……止めるだけムダ……そんな顔……してる……」


ただ、小さく肩をすくめた。


「死なないで……」


「……死にません」


私はそう言って、再び駆け出した。


まるで何かに導かれるように。

心の奥底で、誰かの声が囁いていた。


——救って上げて。

⸺きっと救える。


(……誰?……誰でもいい……私に力を貸して!)


答えはまだ見えない。

でも、あの目をした少女を、あのままにしておくことはできなかった。


登り始めた朝日に向かって、私は全力で駆けていく。

背中を押すものは、命令でも使命でもない。


ただ——心が叫んでいた。

「行かなきゃ」と。


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