第33話 私が私じゃなくなる恐怖
真っ白な天井がぼんやりと視界に映る。
(……夢……だったの……?)
喉がひりつくように痛い。
胸の奥が、ずっと冷たい指で掴まれているみたいに苦しい。
──誰……あの人……。
震える手で顔を覆う。
涙が止まらない。理由なんて分からない。
ただ、恐ろしくて、苦しくて、怖くて……でも。
(……知らない……知らない人……)
必死にそう思う。
あんな瞳も、あんな声も……知らない。
でも。
(……でも……どうして……)
胸の奥が痛む。
何か大事なものを思い出さないようにと、自分で自分を押さえつけているみたい。
「……っ……いや……」
震える声が喉から漏れた。
(やだ……いやだ……あんなの……知らない……)
記憶を探れば探るほど、頭が割れそうになる。
寒気がして、全身が硬直する。
(でも……知ってる……気がする……)
冷たい汗が背中を流れる。
心臓が速くなる。
(……知ってる……でも……誰……?)
自分の中に、二つの声がある。
「知らない」と「知ってる」。
その二つがぶつかり合って、呼吸が荒くなる。
喉の奥で嗚咽がこみ上げる。
(……やだ……怖い……)
涙が滲む。
息ができない。
頭がおかしくなりそうだ。
(助けて……誰か……紫苑さん……っ)
でも、誰も来ない。
白い天井だけが、ぼやけて揺れている。
(……私……どうなっちゃうの……)
嗚咽を噛み殺しながら、私はただ震えていた。
──そして。
気づけば、ベッドを降りていた。
点滴の針を乱暴に引き抜き、ドサッと落ちる感覚もその痛みすら感じない……。
ただ、逃げ出したい……この得体の知れない恐怖から……。
(……一人でいたくない……)
怪我の痛みなんて、どうでもよかった。
頭がふらつくけれど、それすら現実味がなくて。
病室の扉を開けると、冷たい廊下の空気が肌に触れた。
足元がふらつく。
それでも、歩く⸺。
(誰か……誰でもいい……)
八咫烏本部の無機質な廊下、壁をつたいながら歩く。
静まり返った夜の気配が、余計に怖かった。
まるで、世界から切り離されたような感覚になる。
(お願い……誰か……助けて……)
泣きそうになりながら、私はただ歩き続けた。
誰かに会いたくて、誰かに触れたくて。
──そしてふと、あの赤い瞳を思い出す。
(……やだ……やだよ……)
あの赤い瞳を思い出すたび、
まるで自分が自分じゃなくなるみたいな感覚がして……怖い。
胸の奥で、夢の中の声が微かに囁いていた。
《……戻ってこい……私の元へ……愛しい……私だけの……》
「……いや……っ」
掠れた声が、誰もいない廊下に虚しく響いた。




