第29話 戦いの終わりに⸺安堵の涙
腐敗した瘴気が消え、街にわずかな静寂が訪れた。
大型堕天使の巨体は、ピクリっともう動かない。
赤黒い瞳も、空虚に開かれたままだった。
(……終わった……終わったんだ……)
刀を握ったまま、私は膝から崩れ落ちた。
瓦礫に膝をつくと、重力が何倍にも増したみたいに全身が鉛のように重く感じた。
肩で荒く息をしながら、震える手を見つめる。
(怖かった……怖かった……)
呼吸が苦しい。
喉が焼けるように痛む。
何度も諦めかけた。
逃げたいって、泣きたいって、助けてって、心の中で何度も叫んだ。
でも⸺。
(……守れた……守れたんだ……)
目の奥が熱く滲む。
家族を失ったあの日から、私は何も出来なかった自分をずっと責めてきた。
あの時の私じゃ、誰も救えなかった。
でも今、こうして……。
「……天音……」
頭上から降ってきたのは、優しい声だった。
顔を上げると、紫苑さんが立っていた。
夜風に黒髪を揺らし、淡い月光を背負うその姿は、
まるで物語の中の騎士みたいで。
でも、その瞳の奥には……何か、言葉に出来ない切なさが宿っていた。
「……もういい、休め」
そっと私の頭に手が置かれる。
その温もりに触れた瞬間、ぷつりと緊張の糸が切れた……。
「あ……っ……」
こらえていた涙が、一気に溢れ出す。
ありがとうも、ごめんなさいも言えない。
唇が震えて、声にならない嗚咽だけが漏れる。
(守れて……よかった……。皆が……生きてて……よかった……。)
紫苑さんは何も言わなかった。
ただ、静かに私を見つめている。
その視線の奥に、深い哀しみと愛しさが混ざっていることに、私はまだ気づけなかった。
視界が滲み、月明かりがぼやける。
そして私は、その温かな腕の中で、意識を手放した。




