第28話 最後の攻撃⸺神威が闇を裂く
大型堕天使が咆哮を上げた。
腐敗した翼が夜空を覆い、赤黒い瞳が紫苑さんを睨みつける。
しかし、紫苑さんは一歩も退かなかった。
「……随分と暴れてくれたじゃないか。」
低く、冷たい声だった。
顔色ひとつ変えることなく。
存在だけで、大型堕天使を圧倒している⸺。
夜風が紫苑さんの長い黒髪を揺らす。
その瞳は、まるで月光を宿したように冷たく輝いている。
「紫苑……さん……?」
私の声は震えていた……。
疲労と安堵と、そして……恐怖⸺。
彼の背中から溢れる威圧感が、あまりにも異質だったから。
紫苑さんはゆっくりと手を掲げる。
その指先に黒い光が集まり、禍々しいほどの神威を帯びていく。
「……お前は、生かしておく価値は無い」
一歩一歩進んでいく、腰にある刀をゆっくりと抜く。
黒い刃がキラリと光る⸺。
次の瞬間、紫苑さんの姿が消える。
「──っ!?」
大型堕天使の体が大きく仰け反った。
何が起きたのかも分からないまま、堕天使の胸に黒い裂傷が走る。
「ギャアアアアアアアッ!!」
咆哮が夜を震わせる。
紫苑さんは既に堕天使の背後に立っていた。
その瞳には感情が無かった。冷酷で、無慈悲で、その姿は、歴戦の戦士のようで……そして神のようなだった。
(……すごい……)
私はただ、立ち尽くしていた。
息をすることすら忘れるほどの光景。
あれが……紫苑さんの、本当の強さ……。
大型堕天使が再び咆哮を上げ、腐敗した翼を広げる。
「無駄だ……」
紫苑さんの声が、夜気に溶けた。
刹那、黒い光が迸る⸺。
大型堕天使の巨体が崩れ落ち、腐敗した羽根が瓦礫を巻き込みながら潰れる。
⸺⸺⸺⸺⸺⸺⸺⸺⸺⸺⸺⸺
紫苑はゆっくりと降り立ち、黒髪を夜風に揺らしながら大型堕天使を見下ろした。
(……終わりだ。)
赤黒い瞳が力無く瞬き、腐った巨腕が地面を叩く。
その巨体は既に息絶えかけていた。
紫苑は刀を納め、背後の天音へと視線を向けた。
「無事か……?」
淡く光る瓦礫の隙間で、天音は刀を杖にして立ち上がろうとしていた。
血と土埃で顔は汚れ、膝も笑い、今にも崩れ落ちそうなほど疲弊している。
「無理するな……」
その瞬間だった⸺。
「ギャアアアアアアッ!!」
絶命したはずの大型堕天使が最後の力を振り絞り、腐敗した巨腕を紫苑に向かって振り上げた。
「っ……!」
紫苑は咄嗟に身構えた。
しかし、完全に油断していた。
一歩、回避のために踏み込むにも、間に合わない。
(……くっ……!)
空気が震え、瘴気と腐臭が風の刃のように紫苑へ迫る。
その時⸺。
「やめてえええええっ!!」
天音の叫びが、闇を切り裂いた。
紫苑の視界に、淡い光が飛び込んだ。
天音の身体から零れるように、黄金の光が街全体を包み込む。
《下がりなさい……》
震える声が響いた。
しかしそれは確かに、神の声だった。
神威を帯びたその声は、大型堕天使を威圧し、腐敗した巨腕の動きを止める。
(この光……この声……間違いない……。)
紫苑は目を見開いた。
天音が瓦礫を蹴り、刀を逆手に構える。
光の奔流が刃を包み、巨大な腐敗した腕へと振り下ろされた⸺。
「っ……!!」
金色の閃光が、大型堕天使の巨腕を断ち切った。
咆哮が悲鳴に変わり、赤黒い瞳が虚空を彷徨う。
「これ以上……誰も傷つけさせない……!!」
天音の声が震えていた。
怒りとも悲しみとも違う、ただ真っ直ぐな想い。
それだけが闇を切り裂いていた。
大型堕天使は断末魔を上げ、その巨体を崩れ落とす。
腐敗した瘴気が風に散り、夜空に消えていった。
瓦礫に立つ天音の身体は、限界を超えてなお震えている。
紫苑はゆっくりと息を吐いた。
(……そうか……お前だったのか……。)
胸の奥が強く締め付けられた。
(……ずっと探していた。俺の神……俺の光……。)
紫苑の瞳に、一瞬切なげな光が宿る。
(前世でも……今でも……お前はいつも俺を守る……。)
刀を握る天音の手が震え、今にも崩れ落ちそうだった。
紫苑はゆっくりと歩み寄り、その華奢な肩を支えた。
「もういい……休め。」
低く囁く声に、天音ははっと顔を上げた。
その頬には、涙が一筋伝っていた……。




