第17話 母と呼ぶ声──堕天使の囁きと痛み
支援任務が始まり、どれほどの時間が経っただろう⸺。
私は何体目かも分からない堕天使を斬り伏せ、荒い息を吐いた。
全身が痛む⸺。
慣れない戦いが確実に私の体力と精神を削っていく……。
瘴気に蝕まれた空気は冷たく、胸を刺すように苦しい……。
「天音っ!右だ!!」
一鉄さんの声に反応するよりも早く、黒い影が私の視界を覆った。
(速い……!)
私は刀を構え直すが、その一瞬の隙を突かれた。
巨大な堕天使の腕が私を掴み、地面へ叩きつける。
鈍い衝撃音が響き、瓦礫が崩れ落ちた。
「くっ……!」
体中が痺れ、立ち上がろうとする足が震える。
目の前がチカチカと閃光が走り、周囲を把握出来ない。
堕天使は腐り落ちかけた羽を広げ、私を見下ろしていた。
その空洞の瞳は、何を映しているのか分からない。
だが⸺。
「……マ……」
崩れた喉から搾り出すような声が響いた。
(何?……しゃべった……?)
「……マ……マ……おかあ……」
はっきりと聞こえた、その言葉。
(……ママ……?)
刃を握る手が震える、刀がカタカタと音を立てる。
戦場の冷気よりも冷たいものが、背筋を走った。
その時だった⸺。
堕天使がゆっくりと腕を伸ばし、
腐敗しかけた指先で、私の頬に触れた。
「……マ……」
その触れ方は、まるで幼子が母を求めるかのようで⸺。
でも次の瞬間、触れた部分が焼けるように痛んだ。
「っ……あああっ……!!」
瘴気が直接肌に触れたせいか、頬に火傷のような痛みが走る。
涙が滲み、視界が歪む。
思わず私はは堕天使の手を払い除ける。
(痛い……でも……)
痛みに、頭が冷えた⸺。
視界がクリアになった。
震える唇を噛み締め、私は刀を強く握る。
「……ごめんね……」
その言葉と共に、私は刀を振り抜いた。
堕天使の身体が真っ二つに裂け、黒い血が噴き出す。
腐臭が辺りに広がり、崩れ落ちる堕天使の口は微かに動いていた。
「……マ……」
私はただ、その場に立ち尽くした。
(どうして……私を……母って……)
安堵と、何とも言えない悲しさが胸を締め付ける……。
「天音っ!しっかりしろ!!」
一鉄さんの声に、私は我に返った。
そして、痛む頬を押さえながら刀を構え直す。
(今は……戦わなきゃ……
でも──あの言葉は……一体……)
胸の奥に沈む、痛みと哀しみ。
それは戦場の硝煙よりも重く、冷たかった。




