第104話 動き出す影
神界の朝は、どこまでも澄んでいるはずだった。
けれど、私の胸には昨夜から残る重苦しさが消えない。
(……本当に、止まったんだよね……?)
神殿の回廊を歩きながら、何度も自分に言い聞かせる。
それでも胸の奥のざわつきは薄れず、歩くたびに靴音がやけに響いて聞こえた。
「――天禰様」
背後から声がかかる。振り向くと、そこには神界の文官が立っていた。
彼は少し緊張した面持ちで、巻物を差し出す。
「新たに召集がかかりました。本日、特別評議が開かれるとのことです」
「特別評議……?」
眉をひそめると、文官は口ごもるように答えた。
「議題は非公開ですが……兵士階級の間では、再編成や選抜が始まるのではという噂が……」
胸がざわりと波打つ。
(再編成……?まさか……)
嫌な予感が背筋を走り抜ける。
急ぎ足で自室へ戻ると、机の上に昨夜置いたままの書簡が目に入った。
先代最高神からの決定通知――「神兵化計画中止」と記された文書。
それを見つめながら、喉の奥がひどく乾いていく。
(……止まったはず……なのに、どうして……胸騒ぎが止まらない)
その時、窓の外を複数の兵が通り過ぎた。
鎧の音がやけに重く響き、遠くから号令が聞こえる。
訓練場へ向かう彼らの背中には、見たことのない紋章が刻まれた槍が携えられていた。
(あの紋章……新しい部隊……?)
胸の奥が冷たくなる。
窓から離れ、思わず拳を握りしめた。
(……やっぱり、何か動いてる……!)
息を整えようと深呼吸した、その瞬間――
扉が軋む音を立てて開いた。
そこに立っていたのは、先代最高神の側近の一人。
無表情に近い顔に、かすかな笑みだけが浮かんでいる。
「天禰様。お呼びがございます。先代最高神がお待ちです」
一瞬、時が止まったように静寂が満ちる。
胸の奥が、ひやりと凍りついた。
(……また、あの人と……)
喉がひどく乾くのを感じながら、私はゆっくりと立ち上がった。
背筋に冷たい汗がつたう。
――次の瞬間、運命がまた動き出そうとしていた。




