土中の歌
どさり、どさりと音がする。
それは穴に土を放り込む音。私を埋葬する音だ。
どさり、どさり、どさり。
音が繰り返されるたび、私の体は埋もれていく。
けれど降りかかる土の衝撃も、降り積もる土の重みも、もう少しも感じなかった。
感覚の消失は、土に対するものだけではない。
痛みと、それに伴う苦しみも同じくだ。
つい先ほどまで私の体は、痛苦に彩られていた。
それは施された暴行の痕跡だった。蹴られ、殴られ、折られ、締められ、思うさま凌辱された。全身余すところなく暴力に浸され、私は身も世もなく泣きじゃくり、悲鳴を上げた。
痛みはまず、火のような温度としてやってくる。
最初の衝撃が過ぎて体が傷を理解すると、それはじわりと鈍いものへと変わる。そうして肉へ、骨へ病のように取り憑いて、長々しく体を苛むのだ。
損傷と治癒の過程は、子供の頃から幾度となくこの身に受けてきた体験である。最早、厄介な隣人のようなものだ。
だから理解していた。
それらは苦しい一時を過ぎてしまえば忘れられるものだと。後には何も残らない。残さないと。
けれど、それは誤りだった。
私の理解は相手の手加減を、体面や良心の呵責といったものを前提にしたものだったのだ。
今回の折檻はこれまでとは違った。その激しさは、私を生かすつもりを含まないようだった。
無傷の箇所より痛みの棲み処が多くなり、そうして今や私のあらゆる感覚は、鈍く虚ろに遠ざかりっていた。
五感が生の証しであるというなら、私はまさしく死に瀕している。不可逆の道を歩まされている。
まだぼんやりと生き残る耳だけが、ただ、音と声とを聞き取るばかりだ。
「若旦那は来ねぇよ」
どさり。
土をかけながら、誰かが言った。
「初めての女の肌身に血道を上げちまっただけだ。五右衛門様に叱られて、今頃は昇った血も冷え切ったろう」
「いい体だったからな。誑かされるのもわからなかねぇ」
どさり。
別の誰かが口を開く。
「ま、悪く思うなよ。全てはおたき様のご指図だ」
どさり。
その声には聞き覚えがあった。どうせ始末するのだからと、私を嬲ることを提案した男の声だ。
名分が立てば、あの女の許しがあれば、何をしても構わないと信じるらしい。その信仰が、私をこの穴へ落とし込んだ。
「お前は若旦那を待たずにひとりで逃げた。ここでおれたちは誰も見つけられなかった。そういうことになる」
乾いた木の折れる音。次いで、土とは違うものが投げ込まれた。
見えないが、壊されたのは私の三味線だろうと思った。
共に葬るのは、せめての手向けのつもりだろうか。
わずかでも慈悲心があるつもりなら、私を放っておいてくれればよかった。そうすれば、その言葉通りになっていたのに。私はひとりで、この村から消えたのに。
やっぱり、と、薄れゆく意識の中で私は思う。
人なんて信じるのじゃなかった。
うかうかと心を許した、己の愚かさが憎らしい。
私の悲嘆を簡単に笑う、この男たちが悍ましい。
そして誰より何よりも、ただあの人が恨めしい。
――あの人さえいなければ。あの人さえいなければ。
繰り返し、そう思う。
あの人さえいなければ、私の心は死んだままでいられた。これ以上の痛みなど覚えなかった。ちゃんと諦めたままでいられた。
だのに。
夢を見せて、希望を与えて。裏切って、取り上げて。
一度蘇らせたそれを、どうしてまた殺すのだ。
あなたにとっては、やはりただの遊びなのか。
ただ煩悶するうち、土の音、話し声すらもが消え失せる。
すっかり私は埋葬された。
何も見えず、何ひとつ聞こえず、もう何の感覚もなく。
ただ昏黒に閉じたはず私の知覚が、ふと不可思議な響きを捉える。
――なぁむあみだぶつ。
音ではなく、しかし確かに聞こえるそれは、奇妙に間延びした念仏だった。
だが果たして、土中に経を誦す僧などあろうか。
――なぁむあみだぶつ。
繰り返し続く、声ならぬ声。
耳を傾けるうち、周囲に更なる気配が湧いた。
うねうねと身をくねらせながら、それらは緩慢に私へとにじり寄る。やがて、まだ温度の残る私の体に到達すると、身の内へずるりと潜り込んだ。
物理的な侵入ではない。
けれど明確に何かが、私の内側を侵食した。そう認識すると同時に、飢え乾いた怒りが身を焦がす。
――憎い。
――ひもじい。
――恨めしい。
死にゆく身に、凄まじい想念が焼く。
見ないふりで眠らせていたどす黒いものが、心の内で鎌首をもたげる。毒のような瞋恚が、ぞろぞろと蜷局を巻く。
這い寄る気配は、ひとつきりで終わらなかった。
それらは次々に爬行して、私の中へと入り込む。そのたびに怨嗟の火は強まって、骨髄をちろちろと炙る。
取り込み、取り込まれ、やがてひとつの渦に成り果てる。
――ああ、憎らしい。恨めしい。
許せるものか。あの家を、決して許してなどやるものか。
それが自分だけの感情ではないとはわかっていた。大波に流されるように、ただ押し流されている自覚はあった。
けれどもう、どうでもよかった。
心が疲れ果てていた。抗うことに意味などないと、私が私であることに価値などないと、そう思った。
――ひもじい、ひもじい、ひもじいよぅ。
私の中で彼らが歌う。
土の中で私も呪う。
――なぁむあみだぶつ。
我々の骸を褥に、幸福な夢なぞ見させるものか。