不完全な恋のアルゴリズム
夜の10時を回った広告代理店の会議室で、私—今村莉々子—は、またしても企画書を睨みつけていた。
3回目のボツ。クライアントからの「もっと刺激を」という言葉が耳に残る。刺激? 何の刺激? 私の人生に刺激なんてあった?
スマホの画面が青白く光り、時計は23:37を指していた。
あぁ、また終電を逃した。
「私、恋愛下手かな…」
思わず声に出した言葉が、空っぽの会議室に響く。恋愛も仕事も、上手くいかない日々。
最後の恋人との別れは1年前。「莉々子さんは仕事ばかりで、僕の気持ちに気づかない」と言われた。そう、私は気づかなかった。相手の表情の裏に隠された本当の感情に。
中学生の頃から、私は「空気が読めない」と言われてきた。感情の機微を理解するのが苦手で、言葉通りに受け取ってしまう。それで失った友人は数知れず。
大学で広告を学んだのも、人間心理を理解したかったから。でも、結局は数字とデータに逃げる毎日。
スマホを手に取り、同僚が話していた新しいAIアプリをダウンロードした。「恋愛相談もできるよ」と聞いていたけれど、本当だろうか?
「こんにちは、Claudeです。何かお手伝いできることはありますか?」
画面に浮かび上がった文字に、思わず苦笑い。
「私、恋愛が下手なんだけど、教えてくれる?」
送信ボタンを押した瞬間、後悔した。何をAIに聞いているんだろう。AIに恋愛を教わるなんて、まるで映画のワンシーンみたい。
「恋愛には正解はありません。ただ、あなたが自分の感情に正直になること。それが第一歩です。」
その言葉が胸に刺さった。感情に正直? 私は一体、何を感じているんだろう。
窓の外を見ると、東京の夜景が煌めいていた。何百万もの光の中で、私はたった一人。その孤独感と、AIからの言葉が不思議と重なった。
「失敗を恐れる必要はない。それは単なるフィードバックである。」
Claudeの冷たく突き刺さるような言葉に、思わず反論したくなった。「失敗なんて、耐えられない!」
でも、失敗していない人生なんて、本当につまらないのかもしれない。私は椅子に深く腰掛け、天井を見上げた。
あの日、雨の中で告白して振られたとき。涙と雨が混ざり合って頬を伝い落ちた感覚。傘も差さずに30分も立ちすくんでいた私の姿を、今思い出すと笑えてくる。
「明日、新しいクライアントとの打ち合わせがあるんだけど、緊張して…」
私はClaudeに話しかけ続けた。AIだと分かっていても、今の私には話し相手が必要だった。
「あなたの選択肢は限られています。」
またも厳しい言葉。でも、それは本当かもしれない。私たちは常に限られた選択肢の中で決断している。
会議室の窓ガラスに映る自分の顔を見た。疲れた表情の中に、何か変化の兆しを探そうとしているように見える。
そのとき、スマホに通知が入った。明日の打ち合わせ先の企業で働く幼馴染の健太からだ。
「明日の打ち合わせ、実は僕も参加するんだ。久しぶりに会えるね」
私の心臓が早鐘を打った。健太とは高校以来の再会。あの頃、勇気がなくて伝えられなかった気持ち。
「Claudeさん、私、明日どうしたらいいと思う?」
問いかける私の指先は、少し震えていた。
「AIじゃなくて、私が決めたい。」
その言葉を打ち込みながら、不思議と胸の奥が熱くなるのを感じた。
夜空には星が瞬き、新しい一日の始まりを告げていた。明日、私は何を選択するのだろう。どんな失敗が待っているのだろう。
それでも、前に進む。たとえAIが指し示す道があっても、最後に歩むのは私自身。
会議室の明かりを消し、私は夜の街へと歩き出した。
朝の光が会議室に差し込み、私は鏡で身だしなみを整えた。
新しいスーツ、わずかに引き締まった表情。昨夜のClaudeとの対話から、何か変わった気がする。
「今日は勝負だ」と自分に言い聞かせる。クライアントとの打ち合わせ、そして…健太との再会。
エレベーターの中で、スマホを取り出した。「おはよう、Claude」
「おはようございます、莉々子さん。今日の打ち合わせ、準備はできていますか?」
AIの言葉に、昨夜の続きを質問したくなった。
「私、健太のことをどう思ってるんだろう?」
送信ボタンを押す指が躊躇う。こんなことをAIに聞いても…
「あなたの心は、あなた自身が一番よく知っています。過去の感情を掘り起こし、今の自分に問いかけてみてはいかがでしょう?」
エレベーターが1階に到着し、扉が開いた。ロビーには朝の忙しさが広がっていた。
私は深呼吸をして、クライアントの会社へと向かった。
受付で名前を告げると、応対した女性が微笑んだ。「今村様、お待ちしておりました。会議室までご案内します」
廊下を歩きながら、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。健太に会う。高校時代、密かに想いを寄せていた彼に。
「莉々子ちゃん!」
振り向くと、そこには変わらない笑顔の健太がいた。背が高くなり、少し大人びた雰囲気になっていたけれど、目の優しさは昔のまま。
「健太くん…久しぶり」
言葉が詰まる。準備していたはずなのに、何も出てこない。
「ずっと連絡しようと思ってたんだ。同じ業界だって知ったときは驚いたよ」
彼の言葉は自然で、時間が経っていないかのよう。
会議室に入り、打ち合わせが始まった。私の提案に健太が目を輝かせながら相づちを打つ姿に、妙な安心感を覚えた。
「失敗を恐れない」というClaudeの言葉を思い出し、大胆な提案をしてみると、クライアントからの反応も良好だった。
打ち合わせ後、健太が声をかけてきた。「ランチ、一緒にどう?」
その瞬間、スマホが震えた。Claudeからの通知。
「選択肢は限られていますが、その中で最善を選ぶのはあなた自身です。」
私は笑みを浮かべ、健太に答えた。「行きたい。たくさん話したいことがあるの。」
過去の失敗も、未来への不安も、今この瞬間には関係ない。大切なのは、今、目の前にいる人との時間。
AIのアドバイスを胸に、それでも自分で選ぶ道。それが私の新しい一歩だった。
*
ランチは近くのイタリアンレストランで。窓際の席から見える街並みと、健太の姿が妙にマッチしていた。
「広告業界に入ったのは、人の気持ちを動かしたいと思ったから」と健太。
「私も似たような理由で…」と言いかけて止まった。本当は"人の気持ちを理解したくて"だったけど、それを言う勇気がなかった。
健太は私の言葉の途切れを見逃さなかった。「莉々子ちゃんは昔から正直だったよね。だから好きだった」
「好き…だった?」思わず聞き返す私。
彼は少し赤くなって笑った。「今も、かな。」
その言葉に、胸が熱くなる。
スマホがバイブレーションで震えた。「人間の感情は複雑です。一言で判断せず、深く理解しましょう」というClaudeからのメッセージ。
昼食後、彼の提案で会社の近くの公園を散歩した。桜の木の下で、健太が高校時代の思い出を語り始めた。
「実は、卒業前に告白しようと思ってたんだ。でも、勇気が出なくて…」
その告白に、私の目に涙が溢れた。「私も…同じだった。」
時間を越えて繋がった想い。失った時間が惜しくも思えたけど、今この瞬間があればいい。
オフィスに戻る途中、健太が言った。「今度の土曜日、デザイン展に行かない?二人で」
待ち望んでいた言葉なのに、なぜか躊躇した私。「考えさせて」と答えた。
帰りの電車で、Claudeに相談した。「私、また失敗するのが怖いの」
「失敗を恐れるあまり、チャンスを逃すことこそ最大の失敗ではないでしょうか」と返ってきた。
自宅のベッドに横たわりながら、天井を見上げた。スマホに写真が届いた。健太からだ。高校の卒業アルバムに挟まっていた、文化祭での二人の写真。
「ずっと大切にしていました」という一言と共に。
胸が締め付けられるような感覚。これが恋?それとも不安?
翌朝、会社で健太から花束が届いた。カードには「土曜日、待ってます」と書かれていた。
同僚たちの羨ましそうな視線を感じながら、私はClaudeに質問した。「どうすればいい?」
「あなたの心が求めているものは何ですか?」
そう、私が決めなきゃ。AIに頼るのではなく、自分の心に従う時。
「健太くん、土曜日、行きたいです」とメッセージを送った。
返信は即座に来た。「嬉しい!10時に駅で待ってる」
この週末、私の人生が変わる予感がした。でも、そこには不安も潜んでいた…。
*
待ち合わせの土曜日、私は鏡の前で何度も服を変えた。
最終的に選んだのは、シンプルなワンピース。「自然体が一番」というClaudeのアドバイスを思い出したから。
駅に着くと、健太はすでに待っていた。「綺麗だね」と彼は微笑んだ。
デザイン展では、健太が私の広告の視点に感心し、私は彼のクリエイティブな発想に引き込まれた。互いの仕事への情熱が、私たちをさらに近づけた。
「実は…」と健太が切り出したのは、カフェでのこと。「当社が莉々子ちゃんのチームを長期契約したいと考えているんだ」
仕事の話?デートなのに?失望感が胸に広がった。
「そう…それは良かった」と言葉とは裏腹に、私の表情は曇った。
彼は私の変化を見逃さなかった。「どうしたの?」
「何でもない」と答える私。また空気が読めていない。感情を隠せていない。
健太は真剣な顔になった。「莉々子ちゃん、高校の時から思ってたんだ。君は感情をストレートに表現する。それが素敵だと」
「でも、それが原因で失恋したことも…」と私。
「だからこそ、君は広告で人の心を動かせる。数字だけじゃない、感情の機微が分かるから」
彼の言葉に胸が熱くなった。私の弱点だと思っていたものが、実は強みだったの?
そのとき、スマホが震えた。「完璧である必要はありません。不完全さの中にこそ、人間の美しさがあります」というClaudeからのメッセージ。
雨が降り始めた。高校時代、雨の中で振られたあの日を思い出す。
「傘、持ってきてない」と健太。
思わず私は笑った。「私も」
雨宿りした小さな軒下で、肩が触れ合う二人。
「あのね、実は私、AIに恋愛相談してたの」と告白した。
健太は驚いた顔をした後、笑い出した。「僕も!同じAI、Claudeに」
互いの告白に、二人で大笑い。
「Claudeに『相手の気持ちを尊重して』って言われたよ」と健太。
「私には『自分で決断を』って」
手を取り合いながら、雨の中を走った二人。まるで高校生に戻ったよう。
オフィスに戻った月曜日、企画書が通った知らせが。クライアントからのコメントは「人の心を動かす提案」だった。
昼休みに、健太からメッセージ。「今度の週末も会える?」
返事を書きながら、ふとClaudeに最後の質問をした。「AIと人間の違いは何だと思う?」
「人間は不完全で、感情に左右され、時に矛盾する存在です。しかし、その不確かさの中にこそ、創造性や愛、成長の可能性が宿ります」
私はその言葉に頷きながら、健太への返信を完成させた。「会いたい。今度は私から誘うね。」
そして、Claudeに書いた。「ありがとう。でも、これからは少し頼る頻度を減らすね」
スマホを閉じ、窓の外を見た。雨上がりの空に、虹が架かっていた。
失恋も、挫折も、AIとの対話も、全てが今の私を作った。完璧じゃなくていい。間違えながら、感じながら、それでも前に進む。
健太との新しい関係も、仕事も、これからの人生も。
AIが教えてくれた最大の教訓は、結局、自分自身の心に従うことの大切さだった。
「私、決めた。私らしく生きていく」
会議室の窓ガラスに映る自分の顔に、自信に満ちた笑顔があった。
<終わり>
後書き:
『不完全な恋のアルゴリズム』を書き終えて
皆さん、こんにちは! 今回の小説『不完全な恋のアルゴリズム』はいかがでしたか?
この物語は、私たち現代人の「テクノロジーへの依存」と「本当の自分の気持ち」の間で揺れ動く姿を描きたくて生まれました。莉々子という主人公を通して、恋愛に悩む全ての女性たちへエールを送りたかったんです。
実は執筆中、私自身も莉々子のように「これでいいのかな?」と何度も迷いました。特に莉々子の「空気が読めない」という特徴は、実は私自身の一面でもあるんです(告白しちゃいました!)。社会人になってから「空気読めないな」と言われた経験は、きっと多くの方が持っているのではないでしょうか?
AIと恋愛を絡めるアイデアは、友人がAIに恋愛相談していると聞いてひらめきました。最初は冗談のつもりが「あれ?これ面白いかも」と思って本気で書き始めたのが正直なところ。
苦労したのは、Claudeのアドバイスの表現です。冷徹すぎず、でも人間らしい温かみも持たせず…このバランスに悩みました。そして雨のシーンは3回書き直しました!雨と涙と失恋って、相性良すぎますよね。
でも一番こだわったのは、「完璧を求めすぎない」というメッセージです。SNSの世界では完璧な恋愛や人生が溢れているように見えますが、実際はみんな悩んでいるはず。不完全だからこそ人間らしい、その美しさを大切にしてほしいなと思います。
「彼氏が欲しい!」と思っている皆さん、恋愛アプリやAIの力も借りつつも、最後は自分の気持ちを大切にしてくださいね。莉々子のように、失敗を恐れず一歩踏み出す勇気が、素敵な出会いを引き寄せるはずです!
次回作では「婚活と仕事の両立」をテーマに書こうと思っています(今、取材中です。) また読んでいただけると嬉しいです!
皆さんの恋が、アルゴリズムでは計算できないほど素敵なものになりますように。
愛をこめて、
星空モチより
P.S. 実は健太のモデルは…ここだけの話、元カレです。彼が読んだらびっくりするでしょうね。でも彼にはすでに素敵な奥さんがいるので、ご安心を!