第12話 非本意な村復興計画
村長のエルド老人の家を出た後も、俺、天野幸助とエリアーナ(エリ)は言葉少なだった。
目の当たりにした隣村の惨状は、俺たちの想像をはるかに超えていたからだ。
痩せた土地、朽ちかけた家々、そして何より、村人たちの目に宿る深い絶望の色……。
あれは、ただ貧しいというだけではない。
生きる希望そのものを失いかけている人々の姿だった。
「……ひどい、ですわね」
隣を歩くエリが、か細い声で呟く。
彼女もまた、王女として見てきたであろう自国の貧しい村とは全く異なる、この村の「滅び」に向かう空気を感じ取っているのだろう。
その青い瞳は潤み、表情は硬い。
「ああ……スローライフとか言ってる場合じゃなかったな、これは」
俺は自嘲気味に呟く。
自分のことしか考えていなかったのが、少し恥ずかしくなった。
異世界に来て、幸運にも安全な拠点と便利な能力を手に入れた。
その力で、のんびり暮らすことだけを考えていたけれど……。
(見て見ぬふりは、できないよな、やっぱり)
エルド村長の涙ながらの訴え、子供たちの力ない姿が脳裏に焼き付いて離れない。
面倒ごとは避けたい。
それは本心だ。
だが、目の前の「見捨てれば消えてしまう命」から目を背けることは、俺にはできなかった。
「……エリ」
「はい、コウスケ」
「俺、あの村を助けたいと思う。……手伝ってくれるか?」
俺の問いかけに、エリは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに力強く頷いた。
「もちろんですわ! わたくしにできることがあるのなら、喜んで!」
その表情には、先ほどまでの陰りはなく、強い意志と慈愛が宿っているように見えた。
(よし、決まりだな)
スローライフ計画は一時中断だ。
まずは、この目の前の問題をなんとかしよう。
幸い、俺には規格外のガチャ運と、そこで引き当てたチート級のアイテムや知識がある。
「ありがとう、エリ。心強いよ」
「ふふ、わたくしこそ、コウスケのお役に立てるのが嬉しいですわ」
俺たちは互いに顔を見合わせ、少しだけ笑みを交わした。
目指す方向が決まれば、あとはやるだけだ。
*****
拠点であるログハウスに戻った俺たちは、早速「村復興計画」の作戦会議を始めた。
「まずは、食料と水の安定供給だな。あれがないと始まらない」
「ええ。わたくしが見たところ、井戸の水量も少なく、水質もあまり良くないようでしたわ。畑も、あの土壌ではまともな作物は望めません」
エリも冷静に村の状況を分析する。
さすが王女、観察眼は鋭い。
「食料は、俺のポケット農園(ガチャ産)の作物を当面は提供するとして……水は生活魔法の『アクア』や『ピュリファイ(浄化)』でなんとかなるか。問題は畑だな」
「土壌改良が必要ですわね。わたくしの国の知識では、特定の薬草や鉱物を混ぜ込む方法がありましたが、ここでは手に入りにくいかもしれません」
「それなら、俺の古代図書館(ガチャ産)の知識が使えるかも。確か、効率的な堆肥の作り方とか、痩せた土地に適した作物の情報があったはずだ」
俺たちは、互いの知識と、俺のガチャ能力をどう活用できるか、アイデアを出し合っていく。
食料:ポケット農園の作物、万能調味料セットでの味付け改善、狩猟や釣り(俺がやるしかないか……)。
水:生活魔法での浄化・生成、コロッサスによる井戸の掘削・拡張、ゴレムスによる水路整備。
農業:豊穣の女神の鍬、古代図書館の知識(堆肥、輪作、適合作物)、ゴレムスによる土壌改良、コロッサスによる開墾。
住居・インフラ:ゴレムスによる家屋修繕、道路整備。
衛生・医療:無限石鹸、生活魔法『クリーン』『ヒール(軽度)』、エリの薬草知識、必要ならガチャで薬(ただし慎重に)。
労働力:ゴーレムたち(フル稼働)、村人たち(ただし無理させない範囲で)。
「……こうして見ると、結構なんとかなりそうじゃないか?」
「ええ! コウスケの力は本当にすごいですわ!」
計画を練るうちに、不可能に思えた村の復興も、現実的な目標として見えてきた。
問題は山積みだが、一つ一つクリアしていけば、きっと道は開けるはずだ。
*****
翌日、俺たちは再び隣村を訪れ、エルド村長に具体的な支援計画を伝えた。
「食料と水の提供、農業技術の指導、家屋や水路の修繕……そ、それに、ゴーレム様たちまで……!? こ、コウスケ様、エリ様、そこまでしていただけるとは……!」
村長は俺たちの提案に驚き、そして再び涙ながらに感謝の言葉を繰り返した。
他の村人たちも、半信半疑ながらも、藁にもすがる思いで俺たちの計画に期待を寄せているようだった。
「ただし、俺たちも万能ではありません。村の皆さん自身の力も必要になります。一緒に頑張りましょう」
「もちろんですとも! 我々も、できることなら何でも協力させていただきます!」
こうして、俺たちの「非本意な村復興プロジェクト」は、村人たちとの協力を得て、本格的に始動することになった。
その日の作業(主に計画の説明と役割分担)を終え、拠点に戻る頃には、また日が暮れかかっていた。
さすがに少し疲れた。
「ふぅ……思ったより大変だったな」
「ええ。でも、村の方々の顔に少し希望が見えた気がしますわ」
エリも疲れた様子だが、その表情は充実感に満ちている。
「よし、今日はもう温泉入ってゆっくりしようぜ」
「賛成ですわ!」
俺たちは真っ直ぐ露天風呂へ向かった。
今日一日の活動の疲れと、少しばかりの緊張感を解きほぐすには、やはり温泉が一番だ。
湯船に浸かると、心地よい疲労感と共に、じんわりと体が温まっていく。
「はぁ……やっぱりここの温泉は最高ですわね。体の疲れだけでなく、心の疲れまで癒やされるようですわ」
エリがうっとりとした表情で呟く。
月明かりに照らされた彼女の横顔は、昼間の活動的な様子とはまた違う、穏やかで幻想的な美しさがあった。
濡れた銀髪が、湯気にけむる白いなめらかなうなじに張り付いている。
リラックスしているからか、普段よりも少しだけ緩んだ表情。
その無防備な姿に、俺はまたしても、目のやり場に困ってしまう。
(いかんいかん、平常心、平常心だ俺……!)
慌てて視線を逸らし、夜空の二つの月を見上げる。
しかし、無情にも視界の端には、気持ちよさそうに湯に身を委ねるエリの姿が映ってしまう。
彼女がふぅ、と息をつくたびに、あるいは身じろぎするたびに、滑らかな肌の上をきらきらと水滴が伝っていくのが見えてしまう。
「コウスケ?」
俺が妙に落ち着かない様子なのに気づいたのか、エリが不思議そうに首を傾げ、じっと俺の顔を見つめてきた。
その大きな青い瞳が、湯気のせいか妙に潤んで見える。
上気した頬も、普段の彼女とは違う魅力を放っている。
「な、なんだ?」
平静を装って答えるが、声が少し裏返ってしまったかもしれない。
「いえ……ただ、コウスケは、わたくしのような者にも優しくしてくださるのだな、と思いまして」
「……?」
「わたくし、国では『氷の姫君』などと呼ばれておりましたの。政略結婚を嫌って逃げ出した、ただの我儘な娘に、ここまで親身になってくださるなんて……」
エリは少し寂しそうに微笑む。
「いや、俺は別に……成り行きというか、自己満足というか……」
照れ隠しに言い訳をする俺に、エリはくすくすと笑った。
「ふふ、やはり素直じゃないのですね。でも、そういうところも、コウスケの魅力だと思いますわ」
「なっ……!」
不意打ちの言葉に、俺の顔にカッと熱が集まるのが分かった。
「あらあら、のぼせてしまいましたの? お顔が真っ赤ですわよ?」
エリが悪戯っぽく笑いながら、俺の頬にそっと触れようとしてくる。
「ち、違う! これは、その、湯気が熱いだけだ!」
俺は慌てて立ち上がり、湯船から飛び出す。
バシャーン!と大きな水音が響いた。
「もう上がる!」
「まあ、待ってくださいまし、コウスケ!」
エリの楽しそうな声と、背中に感じる視線から逃げるように、俺はログハウスへと駆け込むしかなかった。
心臓が、さっきからやけにうるさい。
顔の熱もなかなか引かない。
(……温泉、恐るべし……! いや、エリが恐るべしなのか……!?)
俺は一人、リビングで夜風に当たりながら、赤くなった顔を冷ます。
村の復興も、王女様との同居生活も、そして俺自身の心臓も、どうやら前途多難であることに変わりはなさそうだ。