第10話 王女様(?)との同居生活
こうして、俺、天野幸助の静かで平和な温泉郷(仮)でのスローライフに、予期せぬ同居人、エルフの王女(自称)エリアーナ、愛称エリが加わることになった。
彼女をログハウスに案内すると、その快適さにいたく感動していた。
特に、生活魔法の『クリーン』や、ゴレムスが作り出した清潔な寝具、そして何より源泉かけ流しの露天風呂には目を輝かせていた。
「まあ……! なんて素晴らしいお住まいなのでしょう! まるで伝説に出てくるエルフの隠れ里のようですわ!」
「はは、そこまでじゃないと思うけど。まあ、ゆっくりしていくといい」
エリの話によれば、彼女はエルフの王国「シルヴァニア」の第二王女。
隣国との関係強化のための政略結婚を嫌い、侍女の手引きで国を抜け出してきたらしい。
しかし、追手の騎士団に追われ、侍女ともはぐれ、森の中を必死に逃げる中で偶然この場所に迷い込んだのだという。
(政略結婚から逃げてきた王女様ねぇ……。ますます面倒ごと確定じゃないか。騎士団も本気で探してるだろうな)
俺は深いため息をつきたくなるのをぐっとこらえる。
引き受けた以上、無下にはできない。
それに、エリ自身に悪意はなさそうだ。
ただ、ひたすらに世間知らずで、生活能力が壊滅的に欠如しているだけで。
*****
同居生活が始まってすぐに、俺はその現実を思い知らされることになった。
「コウスケ、火の起こし方がわかりませんの。魔法を使っても、焦がしてしまうのです……」
エリは生活魔法『イグニッション』を習得したものの、火加減が全くできず、薪を炭に変えることしかできない。
結局、調理は当分の間、俺が担当することになった。
幸い、UR『万能調味料セット(無限補充)』があるので、味付けには困らないが。
「コウスケ、この『クリーン』という魔法は素晴らしいですけれど、やはり洗濯物は太陽の下で干しませんと、なんだか落ち着きませんわ」
エリは生活魔法の便利さを認めつつも、長年の習慣からか、洗濯物をわざわざ湖で洗い(もちろん『クリーン』を使った後だ)、家の周りに干そうとする。
まあ、景観は損なうが、本人がそれで落ち着くなら仕方ない。
「コウスケ、このキラキラした石は食べられますの?」
「それはただの水晶だって鑑定グラスで言っただろ! 食べられないから!」
森で見つけた綺麗な石を、お菓子か何かと勘違いしている。
鑑定グラスを渡してあるのだが、まだ使いこなせていないらしい。
毒キノコを摘んできたことも一度や二度ではない。
食料調達も当分は俺の仕事だ。
「コウスケ、夜は一人で眠るのが少し怖いですわ……」
寝室は二つあるのに、夜になると不安そうな顔で俺の部屋のドアをノックしてくる。
さすがに同じ部屋で寝るわけにはいかないので、結局リビングのソファで寝てもらうことにしたが、なんだか落ち着かない。
(……スローライフはどこへ行ったんだ……。これはもはや、育児……いや、介護に近いのでは……?)
俺は、日に日に増していく気苦労に、遠い目をするしかなかった。
しかし、そんなエリとの生活も、悪いことばかりではなかった。
彼女は根が素直で、教えたことは一生懸命覚えようとする。
少しずつだが、生活魔法も家事も上達していった。
失敗することも多いが、その度にしょんぼりする姿は、なんだか小動物のようで放っておけない。
「コウスケ、見てくださいまし! 初めて焦がさずにパンが焼けましたわ!」
「おお、すごいじゃないか、エリ! 美味しそうだ」
「えへへ……」
俺が褒めると、エリは満面の笑みを浮かべる。
その笑顔は、どんな疲れも吹き飛ばすような力があった。
俺もエリに、地球のことや日本の文化について話して聞かせた。
エリは目を輝かせながら俺の話に耳を傾け、時折鋭い質問をしてくることもあった。
彼女はただの箱入り娘ではなく、聡明な一面も持っているようだ。
温泉に一緒に入り(もちろん、お互いタオルは巻いている! 断じて!)、他愛のない話をする時間も増えた。
警戒心が解け、リラックスしたエリは、年相応の無邪気な表情を見せることもあり、俺はそんな彼女に、いつしか兄のような、あるいは保護者のような気持ちを抱き始めていた。
(まあ、追手が来なくて、エリがもう少し生活能力を身につけてくれれば、この生活も悪くないのかもしれないな……)
そんな風に少しだけ前向きに考えられるようになった頃、俺はその日のガチャを引いた。
(今日は何が出るかな……? エリが喜びそうな、甘いお菓子とかだといいな)
《SSR『寂れた隣村の復興支援要請書(コウスケ宛、地図付き)』を獲得しました!》
《R『手編みの靴下(片方だけ)』を獲得しました!》
「……またこれかよ!!」
目の前に現れた羊皮紙の巻物。
鑑定するまでもない。
先日、全力で無視を決め込んだ、あの厄介ごと確定のアイテムだ。
【寂れた隣村の復興支援要請書:近隣にあるが、貧困と資源不足で衰退している村の村長からの、助けを求める切実な手紙(なぜかコウスケ宛)。支援に応じれば、村人からの感謝と友好を得られる(かもしれない)。前回無視されたためか、文面がより切実になっている】
(無視したのに、また来た!? しかもご丁寧に地図付きで! なんで俺宛なんだよ、ストーカーか!?)
ご丁寧に「前回無視されたためか」なんて追記までされている。
俺のガチャ運は、どうやら俺をスローライフから引き離そうと、明確な意思を持って動いているらしい。
「……これも面倒ごとの予感しかしない」
俺は頭を抱え、本日何度目かの深いため息をついた。
せっかくエリとの関係が少し進展したと思ったのに、新たな悩みの種が、しかもご丁寧に地図付きで届けられてしまった。
この手紙を、俺はどうするべきか……?