第1話 手違い転移とお詫びのガチャ
「……ん? あれ?」
気がつくと、俺、天野幸助は、見慣れた自室の天井ではなく、どこまでも広がる純白の空間にいた。
さっきまで、今日の仕事を終えて、コンビニ弁当を片手に惰性でソシャゲのデイリーミッションをこなし、そろそろ寝るかとベッドに横になったはずなのに。
(なんだこれ……夢? にしちゃ、やけにリアルというか、感覚がないな……)
浮遊感とも違う、無重力とも違う、ただただ「白い空間に意識だけが存在している」ような奇妙な感覚。
混乱していると、目の前にふわりと光が集まり、それは徐々に人の形を成していく。
現れたのは、神々しい後光を背負い、柔らかな微笑みを浮かべた絶世の美女。
純白のドレスをまとい、金色の髪がきらきらと輝いている。
どこかのゲームで見たような、いかにも「女神様」といった風貌だ。
『あらあら、ごめんなさいねぇ。ちょっと手元が狂っちゃって』
鈴を転がすような美しい声。
しかし、言っている内容は全然美しくない。
「え、手元が狂ったって……どういう……?」
『んー、簡単に言うと、別の世界から勇者くんを召喚しようとしたら、座標指定をミスって、ついでに貴方の魂をこっちの世界に引っ掛けちゃった、みたいな?』
「……はぁ!?」
予想外すぎる回答に、思わず素っ頓狂な声が出た。
異世界? 召喚? 勇者? まるでラノベや漫画の中の話だ。
いや、状況自体が非現実的なんだけど。
『いやー、ほんとごめんって! まさか地球っていう世界の、それも日本なんていう魔力的に超安定してる領域から魂引っ掛けてくるなんて、私も思わなくてさー。完全に想定外!』
女神様は悪びれる様子もなく、ぺろっと舌を出しておどけてみせる。
いやいや、こっちは人生かかってるんですけど!?
「あの、それで、俺はどうなるんですか? 元の世界には……」
『あー、それがねぇ……。一度こっちの世界の理に触れちゃった魂を、元の世界に完全に戻すのは、ちょっと今の私じゃ難しいかなーって』
「…………」
マジか。
あっさりと言い放たれた帰還不能宣言。
いや、まだ夢かもしれない。
そう思いたい。
だけど、目の前の女神様の存在感と、この奇妙な空間のリアルさが、これが現実だと告げている気がする。
(まあ、元の世界に未練がないわけじゃないけど……ブラック企業ってほどじゃないけど仕事はキツかったし、彼女いない歴=年齢だし……。異世界、ちょっと憧れてたしな……)
意外と冷静に受け入れている自分に少し驚く。
もしかしたら、心のどこかで現状からの脱却を望んでいたのかもしれない。
『そんなわけで、元の世界に戻せないお詫びと言ってはなんだけど、ささやかながらプレゼントをさせてもらうわね』
女神様がパチンと指を鳴らすと、俺の目の前に半透明のウィンドウのようなものが現れた。
『スキル【神授のガチャ】よ! 毎日午前0時になったら、一回だけ特別なガチャが引けるの。中身はアイテムだったり、スキルだったり、時には仲間や土地なんかも出ちゃうかも? まあ、何が出るかは完全にランダムだし、引いた結果には私は一切関知しないから、そこは自己責任でよろしくね!』
……ガチャ? あの、ソシャゲとかでよくある?
一日一回とはいえ、何が出るかわからないランダム要素。
しかも土地とか仲間とか、スケールがでかいものまで出る可能性があるらしい。
(俺、リアルでもガチャ運だけは異常に良いんだよな……。もしかして、これ、結構当たりスキルなんじゃ?)
若干の期待を胸に抱く。
『それじゃ、説明はこんなもんかな? あ、異世界での基本的な言語とかはサービスで脳内にインストールしておくから安心して! それじゃ、新しい世界でのセカンドライフ、楽しんでねー! バイバーイ!』
女神様は一方的にそう告げると、再び光の中に消えていった。
そして、俺の意識も急速に薄れていく……。
次に意識が戻った時、俺は硬い地面の上に倒れていた。
見上げれば、見たこともない紫色の空と、二つの月。
周囲は見渡す限りの荒野で、遠くに微かに街の灯りらしきものが見える。
「……本当に、来ちまったのか、異世界」
呆然と呟く。
夢ではない現実感。
頬を撫でる乾いた風。
土埃の匂い。
五感がはっきりと異世界を認識している。
ぐぅぅぅ~~~。
そして、正直な腹の虫が盛大に鳴った。
「だよな、腹減るよな……」
とりあえず、さっきもらったスキルとやらを試してみるか。
心の中で「ガチャ!」と念じてみる。
すると、脳内に直接ルーレットが回転するようなイメージが浮かび上がり、ピタリと止まった。
《SSR『無限収納リュック』を獲得しました!》
《SR『サバイバル食料一週間セット』を獲得しました!》
脳内に響くアナウンスと共に、目の前にデザインは普通だが、見るからに丈夫そうなリュックと、段ボール箱が現れた。
「おお……本当に出た」
リュックを背負ってみる。
驚くほど軽い。
説明によると、見た目以上の容量があり、入れたものの重さを感じさせず、時間も停止するらしい。
まさにゲームのアイテムボックス。
段ボール箱を開けると、圧縮されたレーションバーや保存水、火起こしセットなど、サバイバルに必要なものがぎっしり詰まっていた。
「……とりあえず、餓死はしなくて済みそうだ」
レーションバーを一つ取り出し、齧り付く。
味はまあ、栄養食って感じだが、空腹には何よりのご馳走だ。
遠くに見える街の灯りを目指し、俺、天野幸助の異世界での生活が、こうして始まった。
*****
リュックと食料を手に入れたとはいえ、夜の荒野を進むのは危険だろう。
幸い、サバイバルセットの中には簡易テントと寝袋も入っていた。
日が完全に落ちる前に、少し開けた場所を見つけてテントを張り、寝袋に潜り込む。
異世界の夜空に浮かぶ二つの月を見上げながら、これからのことを考える。
(スキルは一日一回か……。毎日引けば、生活はなんとかなりそうだけど。やっぱり目標はスローライフだな。どこか安全な場所を見つけて、静かに暮らしたい)
争いごとは苦手だ。
モンスターとかいるんだろうか。
できれば関わりたくない。
そんなことを考えていると、遠くで「ピギィ!」という鳴き声と、何かが争うような物音が聞こえてきた。
(うわ、やっぱりいるのか、魔物……)
音からして距離はありそうだが、不安になる。
寝袋の中で身を固くしていると、やがて物音は遠ざかっていった。
「……やっぱり街を目指そう。人のいる場所が一番安全だ」
改めて決意し、浅い眠りについた。
「……ん? あれ?」
気がつくと、俺、天野幸助は、エルド村長の家の、古びた木の椅子に座っていた。
さっきまで、どこまでも広がる純白の空間で、女神様と話していたはずなのに。
(なんだ……夢、だったのか? やけにリアルな夢だったな……)
隣では、エリが心配そうな顔で俺を見ている。
エルド村長は、何かを言いかけて口を開き、そして不思議そうな表情で俺を見つめている。
「コウスケ様、どうかされましたか? 顔色が優れないようですが……」
村長の言葉に、俺はハッとした。
そうだ、俺たちは今、この困窮した村で、村長の話を聞いていたんだ。
女神様との出会いは、一体何だったんだろう?
(まさか……あれが、女神様が言っていたスキル、【神授のガチャ】の発動……だったのか?)
夢にしてはあまりにも鮮明だった、白い空間と女神様の姿。
そして、あの時、確かに脳内に響いたガチャの結果のアナウンス。
俺はそっと心の中で念じた。「ステータスオープン」
すると、目の前に半透明のウィンドウが現れた。
【天野幸助】
レベル:1
職業:なし
スキル:神授のガチャ(LV1)
……以下、不明な項目……
やっぱり、あれは夢じゃなかった!
本当に異世界に召喚されて、女神様からスキルを授かったんだ!
しかも、レベルが1って……本当に異世界に来たんだな。
しかし、混乱している暇はない。
目の前の村は、深刻な状況にある。
そして、俺は今、この世界の住人となってしまった。
女神様は「新しい世界でのセカンドライフを楽しんで」と言っていた。
この村の現状を見る限り、のんびりとしたスローライフは、まだ遠い道のりのようだ。
「……いえ、大丈夫です、村長。少し考え事をしていただけです」
俺はそう言って、改めて村長に向き直った。
女神様にもらったガチャスキル。
この力を使えば、この村を救えるかもしれない。
少なくとも、何かしらの助けになるはずだ。
「村長、差し出がましいお願いかもしれませんが、もしよろしければ、私にこの村のために何かできることはありませんでしょうか?」
俺は、先ほどよりもずっと真剣な眼差しで、エルド村長に問いかけた。
異世界での俺の生活は、どうやらこの寂れた村の復興から始まることになりそうだ。
女神様、スローライフはどこへ行ったんでしょうか……。
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