私はリア充には縁がない?!
私はとうとう、今年で三十八歳になった。
ああ、悲しいかな。四捨五入したら、四十路やん!
失礼、関西弁につい、なってしまった。まあ、四年前には二年付き合っていた彼氏がいたんだよ。けど、ニコニコ笑顔で「俺さ、やっぱりね。若い子と付き合いたくなった」とか言われてね。あっさりバッサリ、フラレたわよ。
かーっ、あんの野郎!私の貴重な三十代の二年間を返しやがれってんだ!!
凄く、ムカッ腹が立って仕方なかった。
今となってはあんなヤツ、こちらからマジで勘弁だけど。さすがに、フラレて半月くらいはヤケ酒飲んだり、しくしく泣いてたわ。ちぇっ、結婚を意識した相手ではあったのに。私はクリスマスに浮かれる町中を寂しく、一人で通り過ぎた。
自宅に帰ると、手早くメイクを落とす。寝室にて普段着に着替えて。コンビニで買ってきたフライドチキンやショートケーキ、缶ビールなどをリビングのテーブルに置いた。よーし、ちびちび飲みながら、お一人様パーティーをしますか。
私はどかりと床に座り、缶ビールを開けた。そのまま、クイッと一口含み、飲み込む。キンッキンに冷えたビールが甘露のように感じる。
「……カーッ、うんまい!」
誰もいないから、おっちゃんみたいな事を言ってもノープロブレムだ。缶ビールを一旦置き、フライドチキンが入った容器を開ける。一つを片手で持ち、かじりつく。まだ、温かいからか、口の中にジュワリと肉汁が溢れた。こちらも鶏肉ならではのジューシーさとまろやかさがマッチして美味しい。しばらくは堪能するのだった。
缶ビールが二本目になった頃に私は眠気を感じた。既に、フライドチキンやショートケーキは胃に収まっている。仕方ない、シャワーを軽く浴びよう。そう思って立ち上がった。ちょっと、ほろ酔い加減だが。ゆっくりと寝室へ着替えを取りに向かう。タオルなども持ち、浴室に行った。シャワーを浴びたのだった。
スッキリしたので、軽く後片付けをする。使った食器も洗い、自動乾燥機の中に入れた。スイッチをオンにして寝室へ行く。そろそろ、寝ますかね。あくびを軽くしながら、スマホを取る。
「あ、もう午後十時かあ。早いけど、寝よっと」
スマホ片手に寝室のドアを開けた。ベッドに入り、毛布やシーツを捲る。サイドテーブルにスマホを置いた。間接照明を消すと深い眠りについたのだった。
気がついたら、私は真っ白な霧の中で佇んでいた。キョロキョロと辺りを見回しても、物もないし。人もいない。
無の空間と言えた。仕方なく、私はゆっくりと歩く。
『……そなた、何故ここにいる?』
ふと、霧が少しだけ晴れた。そこから、白銀の髪に薄い琥珀色の凄く綺麗な女性が現れる。銀製の鈴を鳴らしたような澄んだ声で再度、問いかけられた。
『もう一度、言う。何故、ここに来た?』
『……あ、あの。あなたは?』
『我はこの空間に棲む者、人の言葉を借りるなら。女神と言えよう』
『はあ、女神様ですか。ここは一体、どこなんですか?』
『ここはこの世とあの世の境目、そなたを我の伴侶が呼び寄せたのやもしれぬ』
私は頭の中がクエスチョンマークで埋め尽くされるのが分かった。あの世とこの世の境目?!
要は臨死体験をしているってのか!?
内心で私は叫びまくった。いや、これは夢だ。
『……女神様、先程に伴侶とおっしゃいましたけど』
『うん、我には長い間、連れ添った伴侶の男神がいる。あやつ、我に飽きたとか抜かしおってな。その後、この世である地上へと降りていきおったわ』
『はい?!』
『しかも、この世のおなごと浮き名を流しまくってな。かれこれ、十年は別居状態よ。恐らく、そなたにも近づいたかもしれぬ』
『……』
私はすぐに思い当たる。たぶん、元カレがこの女神様の旦那だ。確か、名前はルイとか言ったか。外国風だなとは思ったが。まさかね……。
『……あの、その男神様って。ルイ様とか言う名前では?』
『……そうじゃ、確かに我の伴侶はルイ・フェール・サフィールと言う。我はセレンティーアだ』
『セレンティーア様、ルイ様を呼び戻す事はできますか?』
『ううむ、出来なくもないが。けど、そなたの力も借りる事になるぞ』
『なら、二人で呼び戻しましょう。やり方を教えてください!』
『わ、分かった、共にやるかの!』
女神もとい、セレンティーア様は戸惑いながらも頷いた。私はよしっと気合いを入れたのだった。
あの後、セレンティーア様と二人で手早く準備をした。と言っても、必要な道具は彼女が全部用意してくれたが。
真っ黒な大きめの布地に白い絵の具で複雑怪奇な魔法陣を描いた。私はそれを地面に置き、いつの間にか現れた魔法ステッキで何度か突く。セレンティーア様も同じようにする。
そうして、教えてもらった呪文を一緒に唱えた。
『……今、時と命を司りしセレンティーアが願わむ。我の伴侶たるルイ・フェール・サフィール神よ、請願に答えよ!!』
大きな声で言った。そして、魔法陣は白や金、銀の眩い複雑な光を放つ。あまりの強い光に私は目を瞑った。
光がやむと、セレンティーア様が物凄い形相で向こうに佇む人影を睨みつけていた。
『やっと、戻って来たか。こんの浮気野郎!!』
『……な、セ、セレン?!』
『ふん、わらわの愛称を安々と呼ぶでないわ!そなたとは離婚じゃ、離婚!!』
『……悪かったよ、女神殿。私もどうかしていた』
『なーにーが、悪かったじゃ。わらわがどんな思いでいたのかも分からぬ癖に!』
オロオロと男性は狼狽している。私、もうこの場にいる必要はないよね?
ため息を堪えながら、セレンティーア様に声を掛けた。
『あの、セレンティーア様。私、そろそろ戻っても良いですか?』
『……あ、そうじゃった。ありがとう、礼を申す』
『はい、お疲れ様でした』
『……ん?君、もしかして』
『男神殿?』
男性もとい、男神であるらしいルイ様が私をじっと見つめた。
『あ、思い出した!君、四年か五年前に私と付き合っていた女性だよね?』
『……あなたとは初対面のはずですけど?』
『つれないなあ、凛。俺の事を忘れたのかよ』
『……黙れ、このゲス野郎が』
『め、女神殿?』
セレンティーア様が地を這うような低い声でルイ様の胸ぐらを掴んだ。ガシリとね。
『どの口が言うか、散々浮気をしおったオンドレだけには言われとうないわ!!』
『な、ちょっ。く、苦じ、女神殿!!』
『オンドレとは別れる、二度と天界には戻って来れぬと思え!!』
セレンティーア様は一頻り、言い募る。そのまま、ルイ様の胸ぐらを離した。
『……凛殿、すまぬな。このアホがそなたに手を出しおったとは』
『はあ、四年前に『若い子と付き合いたくなった』とか言われて。バッサリとフラレましたけど』
『……ほう、そなたにそんな酷い事を言いおったか。ますます、赦せぬのう』
『な、り、凛?!』
『凛殿、あんなアホは放っておこうぞ。さ、わらわがこの世に戻してあげるからの!』
『お願いします』
頭を下げるとセレンティーア様はコロコロと笑った。
『ほほ、では。早速、実行するかや』
『はい』
『……凛殿、すまぬ。そなたを呼んだのはルイじゃ』
『え?!』
『……だってさ、やっぱり俺には凛が一番だと思ったんだ。若い子も良いけどさ』
『黙らっしゃいと言いたいがの』
セレンティーア様はルイ様をバッサリと斬って捨てる。そして、私にステッキを向けた。
『まあ、お詫びにわらわが戻す故。さらばじゃ、凛殿』
『はい、さようなら。セレンティーア様』
にっこりとセレンティーア様は笑う。私は手を振りながら、真っ白な光に包まれる。そして、意識がブラックアウトした。
気がついたら、私は寝室のベッドにいた。ガバリと上半身を起こす。
「……あれ、私。戻れた?」
ペタペタと両方のほっぺたを触る。しばらくして、現実だと気づく。何か、凄く濃密な夢を見たなあ。確か、超がつく美女に不思議な空間で会って。浮気した旦那に対してのグチを聞いた。
そうしたら、旦那が現れて美女と大喧嘩になっていたが。あの旦那が私の元カレだったのは意外だった。
私はベッドから降りる。カーテンを開けた。冬特有の冷気が顔や身体に伝わるが。既に、夜は明けていた。チュンチュンと雀らしき鳥の声がする。
私はオレンジやピンクに染まった朝焼けの空を見上げた。不思議と気持ちがスッキリしている。
よし、今日も頑張りますか!
気合いが入ったのだった。
――True end――