歌う骸骨
これなるは、世にも不思議な髑髏――
歌う骸骨に御座りまする――
1.
おうい、あがったぞぉ――
竹林の奥から、野太い声が響いた。
深い霧の中を掻き分けるように進むと、地面に大きな穴が掘られていた。
竹の根は縦横に伸び、土を掘るのにはさぞ難儀したであろう――
そう思いながら、八坂兵十郎は着物が汚れるのも構わず膝をついた。
こいつぁ酷ぇ――周りの人足達は両手を合わせ、念仏を唱えるものもいた。
できることなら――兵十郎もそうしたかったのだが、職務として確りと検分せねばならぬ。
地中深く埋まっていた人骨は――
あの男の言うとおり。
しゃれこうべだけが無くなっていた。
2.
スタジオの魚住さーん!スタジオの、魚住さーん!
こちら現場の烏丸でーす!
はい、今日はですね、こちら神倉県の塗部地区の方にお邪魔しておりまーす!
こちら、地区会長の神路木さんです!
えー、神路木さん、今日は400年以上続く伝統ある儀式が執り行われるということですが、どういったものなんでしょうか?
はい、ええ、なるほど!
えー魚住さん、こちらですね、400年ほど前にこちらの近くの竹林でですね、首をはねられて亡くなられた方がいらっしゃるそうなんですね、で、そのお亡くなりなった方が――
え?…はいはい、どうやら旅の途中で、連れの方に襲われて亡くなってしまったと、そういう伝説が残ってるそうなんですね!
いやー、怖いですねー!
それでなんとですね、このはねられてしまったしゃれこうべさんがですね、歌を唄って自分を殺した相手を告発したと、こういう話が残ってるんですねー!
え?はい、はい!
そうなんですよ魚住さん、今日の儀式はですね、そのしゃれこうべさんをお祭りする儀式でして、その歌を皆さんで唄うと、こういう儀式なんですねー!
カメラさんこちらご覧ください、今日の儀式を一目見物しようと、たくさんの人達が――
3.
私が、殺しやした――
その男は、そう言って深く頭を垂れた。
北町同心・八坂平十郎の元に、市中に異変ありとの報せがあったのはその日の午過ぎのことであった。
髑髏を肩に担いだ男が――歌を唄っている、とのことだった。
平十郎は、最初誤報か、そうでなければ乱心者の仕業であると――判じた。
あまりに奇妙な報告だったからだ。
しかし現場に遣らせた手下の報告によれば――確かに泥にまみれた髑髏を肩に乗せた男が唄っている、とのことだった。
正気を失ったように唄い続ける男は、直ちに捕縛された――
軽く溜め息を吐いた平十郎は、手下の報告書に目を落とした。
男は、白昼堂々人通りの多い往来に姿を現したらしい。そして、口上を垂れたと言う――
――さあさあ、道を急ぐ皆様方――
――どうか一瞬だけでもご覧下さい――
――これなるは、世にも不思議な髑髏――
――歌う骸骨に御座りまする――
男の口上に反して――
どう見ても――唄っていたのは男の方だったと言う。
捕らえられた男は、抵抗するでもなく、取り調べには素直に応じたそうだ。
名は七兵衛と言い、塗部村の出であると言った。
私が、殺しやした――
その髑髏の主は、私の旧くからの友――
嘉助のもので御座います――
私が――
三年前に殺した男で御座います――
項垂れた男に、平十郎は何と言えばよいか考えあぐねていた――
4.
昼の情報番組「列島縦断・ヒルナマ!」
担当ディレクター・上島氏への取材テープより――
ええ、神倉県のですね、面白そうな儀式があるって。
いや別に、秘密の儀式とか、オカルトめいたものじゃないですよ。
お祭りみたいな感じで、出店も出てましたしね。
ヱ戸時代から続く儀式らしくって。
地区の人達が、歌を――歌を唄うって話だったんです。
それが、元を辿ると首をはねられた髑髏が唄った歌だそうで。
その霊を慰めるための儀式だって話でしたね。
ええ、首をはねられたと。
七朗兵衛とかいう人が、儀助、だったかな――その人のね、首を斬ってしまった――という伝説だそうです。
二人は友達同士だったらしいですが、何でですかね、殺してしまったらしいんですよ。
それから――その、殺された儀助さんですか、この人の髑髏が歌を唄い始めたらしくって――
ええ、もちろん昔話ですからね、ほんとに髑髏が唄う訳はないんですが。
でもそんな話がずうっと残ってて、今日まで儀式として残ってるというのがですね、面白いなと。
それに、歌もね、歌。
ずいぶん変な歌詞で、妙な抑揚をつけて唄うもんですから、まあ別にそんなつもりじゃないんですが、少しだけ、夏の怖い話っぽいと感じてですね。
でもほんと、怖くしようなんて考えてなかったんですよ、そこは昼の生放送ですからね。
だから、あとでそんな噂が流れてるって知ったときは驚いたんですよ、ええ――
5.
動機は――金子だったと言う。
五年前。
七兵衛と嘉助は共に村からヱ戸へと出てきたそうである。
ただ、元来生真面目な嘉助と違い、七兵衛にとってヱ戸は――あまりに誘惑が多かったらしい。
悪い連中と連み、身を持ち崩すのも早かったという。
そして二年ほど過ぎた頃。
久しぶりに七兵衛の元を訪れた嘉助は、共に村へ帰らないか、と言ったそうだ。
きっと、堕落した私を見てられなかったのでしょう――
あいつは――そういう男でしたから――
路銀も土産も、俺が用意するから――
嘉助はそう言ったという。
誘われた七兵衛も、このままではいけないと思っていたのか――嘉助と共に村へ帰ることにしたのだった。
その、帰る途中でした――
朝方は、暑い程に晴れていたのに――
降りだした雨は、豪雨といってよかった。
二人は雨宿りのため、近くの竹林に生えている大きな木の影に逃げ込んだという。
まるで――
まるで私らを閉じ込めるような雨でした――
その時七兵衛は、嘉助が持っている大金のことを思い出してしまったのだそうだ。
豪雨がもたらす水煙と雨音が、
七兵衛の心に芽生えた悪心を、
大樹の如く育ててしまったという。
今しかない、と思いました――
そう言って、七兵衛はますます頭を垂れた――
6.
神倉県塗部地区の郷土史家・堀氏への取材テープより
これが――塗部村の古老が書き残したという日記になります。
え、ここに――「顎楽」の起源と思われる事件の記述があります。
寛栄十四年の初夏からの出来事で――
村人複数が道を行かば、竹林の奥より怪しき歌声生ず――道行く者の皆此れを恐れ、一人として通るもの無し――
このような事が、一年ほど続いたようです。
それで、さらにこの一年後の記述なのですが、えー、ここに――
村の者、名を⬛兵衛と申すが、乱心の末竹林に迷い込み地面より舎利頭を掘り出したる――
⬛兵衛、舎利頭と共にヱ戸まで逃走せしが、遂に捕縛さる――縛につくまで、⬛兵衛歌を唄いて衆目を集めれば、その行い多いに怪しきと――
この――文字が掠れて判別が難しいのですが、七兵衛、或いは七朗兵衛――ですか、この人が竹林から人骨の頭部を掘り出してヱ戸へ逃げたと――記述してあります。
人骨の主は、同じ塗部村の嘉助――または儀助とも読めるのですが、とにかくその人であると。
結局、ヱ戸で七兵衛は捕縛され、死罪となったようです。
ええ、嘉助――或いは儀助を殺害したのは、七兵衛であると、本人が自供したと――
はい、はい。
そうです。
死して尚、恨みを晴らすために歌を唄った嘉助の魂を慰めるため、村人が舎利頭が歌っていた唄を唄うようになったと。
それが――「顎楽」の起源であるらしいと、この資料から読み取れるわけです――
7.
2015年・掲示板サイト「Ⅱチャンネル」に建てられたスレッド「呪いの画像について語ろうぜ」より抜粋
12:名無しさん : 2015/05/05(火)
ヒルナマのお顎楽さまは鉄板
13:名無しさん : 2015/05/05(火)
何それ知らない。どんなの?
14:名無しさん : 2015/05/05(火)
>>3
ggrks
15:名無しさん : 2015/05/05(火)
>>3
生放送中に霊の姿と声が放送されたやつ
16:名無しさん : 2015/05/05(火)
また懐かしいやつを…
見たけどよくわからんかった記憶がある
誰か動画ない?
17:名無しさん : 2015/05/05(火)
ほい
://m.yootuba.com/watch?v=E¥j5gV65gG3
18:名無しさん : 2015/05/05(火)
貼るなよバカ思い出すだろ
てか見ちゃうだろ
19名無しさん : 2015/05/06(水)
見たけどよくわからん
20:名無しさん : 2015/05/06(水)
「西の国にはしゃれこうべばかり~」のあたりでノイズが入る。そこに髑髏
「舎利頭の国~」のあたりで「あ゛~~」って声
21:
名無しさん : 2015/05/06(水)
ま じ だ っ た
22:名無しさん : 2015/05/06(水)
お前らこんなの軽々しく見るなよ
霊感ある奴お祓いしてもらったほうがいいぞ
やばい気配がする
23:名無しさん : 2015/05/06(水)
俺も思った
これはタチが悪すぎる
力のない奴は見ちゃダメだ
24:名無しさん : 2015/05/06(水)
てかなんで地区の人達の唄いかた怖いの
8.
平十郎は、目の奥の痛みを感じて目頭を押さえた。
手元にあるのは、塗部村の古老がつけていた日記――だという。
荒唐無稽だ――
それが、平十郎の最初の感想だった。
地中に埋められた人骨が歌を唄う道理がない。
それを恐れるというのも、如何かしている。
しかし――
平十郎が引っ掛かったのは、日記の日付だった。
寛栄十四年――昨年の日付である。
この時は――七兵衛の犯罪は露見していなかったはずだ。
七兵衛が嘉助を殺めたのが三年前。
この日記によればその翌年に――奇怪な歌声が聞こえてきたという。
死者が唄うはずなどない――
平十郎は考えを巡らせる。
これは――誰かが故意に噂を広めたのではないか――
音信不通だった七兵衛が、大金を手に帰ってくる。
しかも、いつも一緒にいた嘉助は病に倒れ亡くなったという――
嘉助と七兵衛の人柄を知る者からすると、これは多いに――不審だったのではないか。
そこで、誰からともなく――話が出来た。
殺された嘉助が、恨みの歌を唄っていると――
村人の不安を、不信感を、この話が収めてくれたのは想像に難くない。
しかし、この噂は――
下手人本人にまで届いてしまった。
平十郎の見たところ、七兵衛はそれほど胆の据わった男ではない。
ひょっとして――友を殺めたその日から、常に戦々恐々としていたのではないか。
そこに――奇怪な噂を耳にした。
殺した嘉助が、恨みの歌を唄っている――
平十郎は日記に再び目を落とす。
――名を七兵衛と申すが、乱心の末竹林に迷い込み地面より舎利頭を掘り出したる ――
静かに――狂っている。
それが七兵衛の印象だった。
乱心による犯行ゆえ、減刑とすべきではとの議論も出たが――嘉助殺害の時点では乱心の証し無しとして、結局七兵衛には通常の裁きがなされた。
七兵衛は――自ら犯行を曝した。
おそらくは、嘉助が唄うという歌の恐怖に駆られて――
不吉な情報を与えられ、破滅への道を選ばされた。
だとすれば、これは呪いだ――
そう平十郎は独り言ちた。
もちろん、正式な記録にこんなことを残す訳にはいかぬ。
友・嘉助を手にかけた七兵衛は、自らの良心に苛まれ遂に発狂――
遺骨の一部を掘り出したうえ見せ物とし、犯行の露見に至った――
これが後世に残るべき記録である。
だが――
平十郎は再び目頭を押さえた。
おそらくこの記録は語り継がれまい。
語り継がれるのは――呪いのほうだ。
誰が、ではない。
何者が、ではない。
この噂を――
口の端に上げた者全てが七兵衛を呪うのだ。
この手の呪いは――
容易くは絶えぬだろうと、平十郎は溜め息を吐いた。
9.
某動画配信サイトの動画より抜粋
「はいどうも~! 今日はですねー、何と!
呪いの髑髏が埋まっているという場所にやってきました~!
ここは 神倉県の⬛⬛地区というところなんですけども――」