7 等価交換
佳境に入ります。
魔物がぼろぼろと…枯れ木がまっぷたつに裂け、崩れてゆくように…
その向こう側にふたつの小さな影があった。
「やりましたね」
「う…ん」
「大丈夫ですか?」
「平気やで」
言葉とは裏腹に白いケープの肩が激しく上下している。
両手ですがるように杖を大地に立ててかろうじて立っているようだった。
手に持った銃身の長いライフルを背にしたもうひとりが、いたわり心配そうに眉間にしわを寄せて顔をのぞきこみながら、今にも倒れそうなその身体をささえた。
「大丈夫やで」
「強がりが悪い癖ですよ」
「そんなん…アーネやて、大変やったんやから」
「いいえ。彩姫さんがおられなかったら…ひとりではあの魔物は倒せませんでしたわ」
ふたりはお互いの瞳を見合ってにこりと笑いあった。
深々とすっぽり顔まで隠れるようなフード付のケープを着て、背丈ほどもある長い杖を持った彩姫。
腰に二丁拳銃、背にライフル。連れている黒々とした艶のある毛並みの馬には他にも数丁の銃火器。
やけに丁寧でゆっくりした口調で話すアーネ。
ふたりは旅の途中で出会い、意気投合してからずっとふたりで戦ってきた。
黒翼山脈へ近づくにつれて、魔物の出現回数は増え続けていた。
彼女たちは襲われる旅人、集落、街を全力で戦い、魔物を撃退してきていた。
だが…
「少々厳しくなってきましたね?」
「せやな…今日みたいに群れて来られたら、ちょっときついな」
「さすがの彩姫さんも弱音…ですわね」
「なんやて?そんなん言わんもん!」
「うふっ。たまには弱音、吐いてくださってね」
アーネのおっとりした微笑みに救われるような気がして、彩姫はふっと息を吐いて肩の力を抜いた。
「そうですわ。少しは気を休めないと」
「アーネは気楽やな」
「お気楽はお互い様じゃありません?」
「ちょっ……そっか」
大きな樹が木陰を作っている場所でふたりは腰をおろした。
アーネの軽口に苦笑する彩姫は、ゆれる木漏れ日を見ながら仰向けに寝転んだ。
「もっと修行せなかんな…」
「そうなんですか?」
「せや」
「あ、いつものやりますか?」
「うん。やっとかな力が出せなくなってまうし」
彩姫は座りなおして、胸の前で両手を組んだ。
声にならないくらいの小さな呟き…それは大地、樹木、風の精霊を呼び、彼女の中へ力をもらうための呪文。
ちょっとだけ離れて彩姫の儀式を邪魔しないように、アーネは静かに銃の手入れを始めていた。
日が沈む前にふたりは近くの村に到着した。
村人の好意で貸してもらった小さな納屋に落ち着いたふたり。
翌日から村の聖堂と病院で少しの間働かせてもらうことになった。
穏やかな日々は長くは続かなかった。
隣村へ出かけていった交易商人がけが人を数人連れてあわてて戻ってきたのが始まり…
「魔物の集団が隣村に!」
その恐怖におびえた警告に村人は震えた。
そして…
魔物は来た。
大小含めて数十体の魔物の集団が、彩姫とアーネのいる村に迫った。
当然のようにふたりは魔物と戦い、勝った…しかしさすがに数が多かった。
彩姫は力つきて倒れて高熱を出し、アーネも怪我こそ彩姫の回復魔法で軽症になったものの、武器の銃は何丁かはダメになった。
熱に浮かされ、半睡の彩姫。
ぼーっとした視界に、そのなつかしい笑顔があった…
(誰やの?)
問いかけても答えない。ただ微笑みを彼女にみせるだけ…
中年とも青年ともとれる顔立ち。
良く変わる表情が楽しい。
たくさん彩姫は笑っていた。
魔物が現れた!
蜘蛛の魔物が襲ってくる。
必死に立ち向かう…アーネがいない!
諦めまいと踏みとどまる目前に大蜘蛛が迫ってきたとき、それと自分の間に割って入った影。
広い背中…頭上に構えた長剣!
彩姫は必死に支援魔法を唱えた。
影は魔物を一撃でまっぷたつに斬った。
あ……
振り向いた顔はなつかしい笑顔…タク。
(また会えたな)
(会えるって言うたやん)
(だな。また一緒に戦おうな)
(うん!)
(魔法が強力になったんじゃないか?)
(大精霊に力を授かったんや)
ふんすっとドヤ顔を決める彩姫を、タクはいきなり抱きしめた。
(な、なんや?!)
(頑張ったな……それで、なにを引き換えにしたんだ?)
(そ、そんなん…)
彩姫はそれだけは言うまいと、必死に涙をこらえてタクを抱きしめた……
村人は口々に彼女たちへ感謝の言葉を言いながら、その力に怯えて彼女たちのいる納屋に近づこうとする者はいなくなった。
「アーネ…」
「なんですか?」
「ここ…出てった方がええよな…」
「まだ寝ていなくては…」
「大丈夫や。奴らが今度はあたしたちを追って来るはずや」
まだ熱の引かない彩姫は苦しそうな息遣いの下で、それでも起き上がろうとした。
「まだダメです」
「ええんや…ともかくこの村から離れなあかん」
彼女がこの目で言い出したら一歩も退かないことを、付き合いこそ短かいがアーネはよく理解していた。
あきらめたように吐息をついて旅支度を整えた。
村人から強引に馬車を借り、嫌がるアーネの乗馬をなだめすかして引かせる。
荷台に彩姫を寝かせたまま村を出た。
彩姫の願いで山すその森の中に入り、小さな川に沿って上流へ向かった。
「どこへ行こうとしているんですか?」
「大精霊の聖域」
「え?」
数日を要してここまで来る間に彩姫の熱はやっと下がり、起き上がってアーネと話せるところまで回復していた。
「そこで大精霊の力を借りるつもりや」
「そんなこと…」
あ然とするアーネに彩姫はにこりと笑った。
「心配せぇへんでな。危ないことはな~んもあれへんから」
「そう…ですか?」
「うんうん」
行き着いたところは小鳥がさえずり、キラキラと水面を光らせた小さな湖だった。
「アーネ、しばらくひとりにしたってな」
「彩姫…」
瞳を見つめあい、ふたりは同時に微笑んだ。
アーネは背を向けて馬車とともに彩姫をおいてその場を去った。
「さて、と」
彩姫は湖のほとりで杖を両手にして頭上にかざし、長い長い呪文を唱え始めた…
夜が来て、朝が来た。
それを何回繰り返しただろうか…
アーネの心配は頂点に達して、今すぐ彩姫のところへ戻ろうと野宿を撤収したときだった。
湖の上空が一瞬白い光におおわれた!
(なにかあった?!)
アーネは普段のおっとりを忘れたように機敏に駆け出した。
湖のほとりに走りこんだとき、彩姫は湖面の上で立っていた。
その彼女に湖から森から空から…輝くオーラが集まって彼女を包んで、やがて彩姫の中に溶けていった。
すべるように湖面をアーネの方へ移動してきた彩姫は彼女に片目をつぶって笑顔をみせた。
「できたんですね?」
「うん」
彩姫は誇らしげにうなずいた。
が、一瞬よぎった寂しそうな影をアーネは見逃さない。
「なにかあったんですか?」
「隠し事、できないね」
「……」
「等価交換の理や」
「等価交換?」
「うん…得るものと同じ価値のものと交換や」
「それって…」
「それが天然自然の摂理やね…」
「どういう…」
「たとえば…新しい幸せを手にいれるとき…いままで持っていた良いこととか、大事ななにかを犠牲にせなあかん…そういうことや。全部自分の思い通りには持っておれへんのや…」
「では、なにと?」
アーネの素朴で単純な問いかけに彩姫は下を向いた。
「今は聞かんといて」
彩姫の辛そうな表情にアーネはそれ以上なにも聞けなかった。
タク…手に入れたんや。
大精霊の霊力を…タクのお陰や。
夢に出てきた懐かしい笑顔に…また会いたいという思いが彩姫の胸の中にふくらんだ。
【続】
ラブコメではない!
ないったら、ないっ!