6 黒の魔術師
急展開…
根雪を踏んで男が峠を歩いて行く。
まだ明け切らない夜と朝の境目の冷えた空気のなか、彼は黙々と歩を進める。
ざくっ、ざくっ
踏みこむ足音と彼が吐きだす白い息が、彼の存在を静寂のなかで「そこにいる」ことを主張していた。
山の頂に着いたとき、彼の視界いっぱいに夜明けを知らせる陽光が広がった。
彼は深呼吸を二度三度すると、目をとじて両足を肩幅にひらいて腰を落として重心を落ち着かせた。
背中にかついでいた長剣をスラリと抜いて、頭上高く剣先をさしあげた。
朝日が刀身に光って反射した。
光輝の粒が剣の刃に舞ってオーラに変わった。
夜明けの清浄な空気を大きく吸い、彼はからだの内から力が膨らむのを感じていた。
気が体内に満ちてくる。
全身にその気が目一杯充填されたそのとき!
覇っ!
彼の気合とともに長剣が振り下ろされた。
刀身から気が練りこまれたオーラの刃が空気を切り裂く!
目を開けて彼は何事もなかったかのように剣を鞘に納め、充実感のある微笑を口元にみせた。
回れ右をしてさっき登ってきた峠道を、また一歩一歩踏みしめて戻ってゆく。
男…タクはまた長剣を背にしていた。
真っ直ぐ前を見たまま歩けるというのは、きっと数え切れないくらいこの道を往復したからだ。
白い息が規則正しく吐き出され乱れることがない。
(けっこう体力がついたな…)
この山の中腹にある寺院での一年の修行期間は彼をそれなりの剣士に育てていた。
(まぁ、剣術そのものは、いまだにぶん殴ってるみたいなもんだけど、走りまわって重い剣を振りまわす程度には筋力ついたかなw)
城郭都市から鴻大河を舟で移動したとき、この寺院のセイメイ老師と出会った。
ある戦いを経て、タクは老師の勧めもあってここへやってきた。
寺院の労働をしながら、基礎体力と剣技を身につけることにしたのだ。
その間に何度も老師と魔物討伐にも出かけ、長剣の扱いにも戦い方も実戦で学んだ。
最初こそ老師の足手まといでしかなかったが、場数を踏むほどに敵の動き、戦場全体を見る力をつけていた。
寺院の山門が見えてきた。
そこに小柄な娘と長身の女性が立っていた。
タクの姿を見つけると小柄な娘が駈寄り、長身の女性が小さく手をあげた。
(ユミンと桜太夫が帰って来てたのか)
鴻大河での戦いの中で出会った二人の仲間。
小柄ですばしっこいユミン、長身で拳闘術、体術に秀でた桜太夫。
二人はこの寺院を拠点に魔物の動向を探っていた。
「お疲れ様です。日課の山頂の素振り?」
桜太夫がタクへ微笑む
「帰ってきてたのか」
「そだよ~♪」
ゆるい感じのユミンの笑顔は明るい。
「朝ごはんできてるよん」
「ありがたいな…ってユミンが?」
「ま、さ、かw」
「太夫かな?」
「うんうん」
「そりゃ嬉しいな♪」
タクのセリフにユミンはぷくっと頬をふくらませた。
「ふ~~んだ」
「あ、ごめんな」
「い~え~」
そんなやりとりをしている間に山門に到着した。
三人は打ち解けた様子で、明るい笑いあいながら山門をくぐった。
・
・
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食後の桜太夫とユミンの報告は、今までの和気藹々の雰囲気とは真逆で深刻なものばかりだった。
「そんなに増えてるだ」
タクは想定以上の状況に、眉間にしわを寄せた。
「ひどいなんてもんじゃないよ」
「ですね…奴らが南方で湧き出して…どんどん北へ広がって」
「うん」
「今じゃなんだか軍隊みたいに組織立ってるような感じです」
更に桜太夫が声を落として続けた。
「それについてなんだけど」
「何かつかんだのか?」
「たぶん間違いないと思う。ドーマという奴が魔物軍団を仕切ってる」
強い口調でそう言ったとき、老師の眉がぴくりと動いた。
「ドーマだと?」
「ご存知なんですか?」
驚いたように老師へ顔を向けたタク。
「うむ……黒の魔術師じゃ」
「黒の魔術師?」
「そうじゃ…みなは火山の魔術師を知っておるか?」
(え?)
老師の問いかけにタクはどこかでその名前を聞いた気がした。記憶を掘り起こす…
(あっ…あのときの?)
城郭都市でタクが始めて魔物と対決したとき、都市の守備兵を回復魔法で助け、タクも渾身の一撃をぶつけたときに援護魔法をくれた…
(彩姫…だ)
黙ったタクに老師、ユミン、桜太夫の視線が集まる。
「ん?」
「どうしたの?」
ユミンが最初に口を開いた。
タクは小さくうなずいたが、まずは老師に『黒の魔術師』と『火山の魔術師』について質問した。
「簡単に言えば『黒』は攻撃系魔術や魔法を使い、『火山』は『白の魔術師』と対比して言われて、援護や回復系の魔術魔法を主に使うんじゃ」
「なるほど…」
「どちらも数世代前に大陸の北と南へ去っていったはずなんじゃが…」
チラと老師を横目で見て太夫がタクの目を見た。
「タク、なにか知ってるんでしょ?」
「うん。火山の魔術師に会ったことがあるんだ」
「え?」
「俺がここへ来る直前にいた街で出会った。最初の戦いのときに助けてくれたひとがいたって話しただろ?」
「そういえば…」
「その娘が自分で『火山の魔術師』が魔物に背を向けられないって、たった一人で数百人の都市守備兵へ魔法で援護してた」
タクの記憶にいまははっきり彼女…彩姫の姿が映しだされる。
『なんだかわかれへんけど…きっと会えるってそう思えるんやわ』
そう予言するように微笑みながら言った彩姫。
その表情と声がタクの中でどんどん大きくなっていった。
【続】
ハーレム展開はない!
ないったらない!!