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5 交流

いろいろ加筆…

(あのひと、大丈夫かな…)


彩姫はこの城郭じょうかく都市の片隅にあった看護院の寮の窓から外を見ていた。

彼女はお祖母ちゃんから大陸35国の看護院へ滞在する許可証をもらっていた。

もっとも小さな村には看護院などないし、なかなかそれが役に立つことはなかったけど…

夜空に雲が広がって来ている。


(あちゃあ…雨雲や…)


昼間会ったタクとの時間がなぜか胸に焼きついている。


(おじさんやん…なんでやろ)


入城前の行列でいきなり声をかけられて…なんの感情の動きもなかった世間話だけで、そのまま素通りしてゆく多くの行きずりの旅人のはずだった。

旅切手を持たないうさんくさい男が、空腹で腹を鳴らし…


(あのときのタクさんの恥ずかしそうな顔…かわいかったな)


いい加減年上の男性が、あんなにころころ表情を変えるのは新鮮だった。

ひとつひとつのやりとりに、正直に真っ直ぐに目を見て話してくれた…


(魔術師は魔女とちゃうねん…)


魔術師とわかったとたんに態度が変わる人々。

まるでそれは怪物でも見るような目で…

耳に化け物蜘蛛へ立ち向かって行ったタクの後姿と声がよみがえる。


(あたしを魔術師って知って…頼ってくれはったな)



「彩姫ちゃん、頼むっ!」



魔術師だと名乗った時点でタクはその場から立ち去ったと思っていた。

それが見たこともない長剣を頭上にかざして敵に突進して行った。


(あたしを全面的に受け入れてくれたんや、ね。)


化け物蜘蛛を断ち割ったと同時に、断末魔の一瞬の反撃で跳ね飛ばされて…

今はこの看護院の一室で…というか背後にあるベッドのうえでまだ気を失ったまま寝ている。

倒れた彼が持っていた長剣は、彼女の知る限り『伝説の長剣』に似ている。


(それは有りえんやろ…な)


ある意味それは自分の期待や想像とは大きくかけ離れている。



窓の外は夜明けを迎える時刻だけれど、雨雲とぽつりぽつりと落ち始めた雨粒でまだまだ暗い。



目を開けると太い木の梁がある天井が見えた。

寝ている自分の身体を動かそうとしたが、関節も筋肉もなにもかもがバラバラになったような痛みで悲鳴をあげた。


「ぐっ…い…ってぇ」


思わず声を漏らすと人の動く気配がした。


「タクさん?気ぃつきはった?」


目の前に眉を寄せて心配そうな彩姫の顔がアップで現れた。

「大丈夫」と応えるのがやっとの自分に苦笑いもできない。


「もうちょっと寝ててええですよ」


そういうと彩姫は口の中で小さく呪文を唱えて、寝ている彼の上に手をかざした。

手のひらに温かみのある淡い光の渦が生まれ、それはタクの全身をおおうように広がっていった。


(あ…回復魔法……痛みが少しずつなくなってくなぁ…)


彼の身体から痛みと疲労感が、徐々に溶けるように抜けてゆくのがわかる。

そして心地よい睡魔が訪れ、再び彼は眠りに落ちた。


数日後

看護院で忙しく走り回る彩姫を彼は手伝っていた。

病人、けが人の多くは彼女の回復魔法で快方に向かっていた……が


「どこへいってもこんな扱いなのか?」


タクは誰しもが彩姫を頼りながら、しかしどこかよそよそしい態度をとることに腹を立てていた。

看護院の中庭で、ぽかぽか陽気に芝生の上。

ふたり向かい合って座って弁当を食べていた。


「タクが珍しいんや」

「?」

「どこへ行っても魔術師は、魔法使いとか化け物の仲間扱いやねん」

「彩姫…」

「いいんや、それでも。重い苦しみから…少しでもあたしの力で元気になってくれたら嬉しいやん♪」


ほんとうに心からそう言っているとわかって、彼はまだ幼さを残した彼女の笑顔を見つめた。


「なんやん?顔になんかついとん?」

「いや、違う…凄いな」

「なにが凄いん?なにも特別なことしてへんし」


旅の最初の頃は、人々のこの変わり方に腹も立った。


「あたしは出来ることをしとるだけ。別に感謝されんでも…それでいいんや」


彼女の明るい言葉に嘘は感じられない…

が、どこかかすかに残されている寂しい響きが、タクの胸に切なく感じた。


「あしたには旅に出るんやろ?」

「そだな…」

「宛てはあるん?」

「ああ…これだけだな」


彼はベッドで寝ていたときに、夢に見た紋章を思い出しながら描きとめていた。


「ふ~ん…」


彼女はその紋章をじっと見つめた。


「新皇国の皇室紋章に似てるんちゃうかな…」

「新皇国?遠いのか?」

「この街からやと、南東の鴻大河に沿って…黒翼山脈を越えた向こうやね」

「だから…」


遠いのか?ともう一度聞こうとして、彼女の言葉をもう一度思い返した。


「気が遠くなるほど遠そうだな」

「うん」

「その鴻大河ってのには舟とかは?」

「あるけど…」


ああ、金がかかるってことか…と彼は納得してうなずいた。


「それでも行くん?」

「そうだね」


きっぱりと言い切った彼に、ちょっとびっくりしたように目をみはった彩姫。

しかし彼の顔には悲壮感もあせりもなく、なんだか隣へ遊びに行くような感じがした。


「ここで彩姫の手伝いとかさせてもらってアルバイト代もらったし、他の街の看護院への紹介状ももらえたから大丈夫だろ」

「そか」

「もう行きずりの女の子に声かけたり、食いもの買ってもらうようなことはしないよ」

「そやで」


彼の口元が笑みを作り


「あんときはありがとうな」

「な、なんやっ!……急に…」

「もう一度ちゃんと礼をしときたくなった」

「なぁ」

「ん?」

「またきっと会えるよ」

「え?」

「なんだかわかれへんけど…きっと会えるって、そう思えるんやわ」


確信をもって言う彩姫に、今度はタクが驚いていた。


「そっか…そうだな」

「うん」


ふたりは温かく通い合った気持ちを抱いて空を見上げた。

青い空にぽっかりと浮かぶ雲…そして心地よい優しい風と、不思議な感情の交流…


「舟の時間、聞いて来る」

「え?」

「いや、もしかしたらここの伝手で乗れるかもしれないからな」


そう言って彼は立ち上がり、照れくさそうな横顔を彼女の記憶に残してにその場を立ち去った。




【続】

おっさん、純情か(笑)

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