4 冷や水?
真っ赤な夕日が巨大な城壁に囲まれた街を染めてゆく。
そしてグラデーションは深い紺色の夜空ときらきらと輝く星々。
(まぁ東京じゃあお目にかかれない星の数だよな)
タクは街の中央に流れる河のほとりに座ってゆっくりと暮れてゆく空を見上げていた。
あの日、駅のロータリーで見上げた灰色の夜空とは雲泥の差。
これぞ夜空というんだろうなと感動すらある…
だが、しかしだ、戦いの終わった戦場の真ん中に放り出され、あてもなく歩き回って嫌というほど認識させられた。
これは夢でなく現実。
しかもタク自身が立っているこの場所、この世界は彼の生きてきた世界とはまったく違う場所だということ。
(とりあえずの食料は彩姫ちゃんのお陰で確保できたが…まぁ寒くはないし、今夜も野宿かな)
わけもわからずこの世界へ来て3日目。
初日こそパニクったが、それも慣れてくればなんとかなるらしい。
ただ食料をなかなか手に入れることができず、昼間彩姫が買って渡してくれたものが久しぶりのまともな食事だった。
(さて、これからどうする?)
何度も繰り返してきた自問自答。
ということは答も同じ。
(あの夢にでてきた女の子を見つけ出す…それしか手がかりがない)
夢で彼を連れて追ってくる魔物から一緒に逃げた少年のような女の子。
彼女は動きやすそうな重量の軽そうな鎧と金属製のヘアバンドのような額当てをしていた。
その中央に紋章のようなものが彫ってあったのを、妙に鮮明に覚えている。
同時に他の逃走する軍勢が持っていた軍旗。
これにも同じ紋章が描かれていた。
(どっかの国の軍隊なんだろうな)
タクはなんとかしてそれを見つけるため、大きな街へ入り込みたかった。
とりあえず街に入ろうと何度かしものの、そのたびに旅切手という旅人の証明をするものがないために追い返された。
(彩姫ちゃんには感謝だな)
彼女の温かみのある笑顔を思い出すと、ゆっくりと全身の緊張がほぐれて騒ぐ心が落ち着いた。
(また会えるかな…)
彼はそのまま堤防に寝転がった。
・
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頬に冷たいものが当たって目が覚めた。
(あ、雨かよ)
宿無しの天敵である雨が降り始め、彼の全身を容赦なく濡らして、体温を奪ってゆく。
ともかく雨を避ける場所を探して彼は街を走った。
夜の闇。
街灯は薄暗いガス灯のようなものがほのかに薄明るく光る。
かろうじて道と建物がどこにあるのかがわかる程度にしか役に立っていなかった。
タクは戦場で拾ったマントのような衣服を頭にかぶり、雨宿りの出来そうな場所を左右に探りながら走った。
急に広い場所に出て立ち止まった。
そこが城門前の広場で、昼間は市場でにぎわっている場所だと気づくまで、ほんのちょっと時間がかかった。
(ここじゃ、まったく雨宿りなんかできないな)
舌打ちして再び街路へ入ろうとしたとき、稲妻が走って妙にくっきりと城門が浮き出たように見えた。
視線が城門へ釘付けになる…
雨はタクの全身に打ち付けるように激しく降っている。
手に持った細長い包みを持つ手に力が入った。
遠雷のように何か遠くから聞こえてくる…
(なんだ?)
降りしきる雨の音にさえぎられて聞き取りにくい…
ふと城門と城壁を見上げると、警備の兵士があわてたように右往左往している。
(どうした?)
足元から這い上がってくる不安と恐怖とを混ぜ合わせた痺れる感覚。
背後からたくさんの武器を持った兵士が現れ、城壁への階段を駆け上がってゆく。
(敵?…あの……魔物?)
夢以来、現実にはまだ見ていない魔物ども!
それが群れをなして襲ってくる!
彼が城門に背を向けたその目の前に彩姫が立っていた。
「彩姫ちゃん?」
彼女はタクにまったく気づく様子もなく、真っ直ぐに城門とそれを守る兵士たちを見つめている。
タクはかぶっていたマントをとり、雨でずぶ濡れの彩姫の頭から全身をくるんだ。
はじめてそこにタクがいることに気づいた彼女は驚いたように目をみはった。
「ここは危ないかも」
「うん。でも彩姫ちゃん、なんでここへ?」
「感じたんや…邪悪な気を……みんなを守らなあかんのや」
「守る?彩姫ちゃんが?そんな無茶な!」
彼女はいつもの微笑みをタクに見せた。
「火山の魔術師が魔物に背を向けるわけにはいかんの」
「火山の…魔術…師?」
「そや」
彩姫は手に持った杖を頭上にかざす。
そっと目を閉じて口の中で小さく呟くようになにか唱えていた。
(呪文?)
呪文の詠唱が終わると、杖に淡く光が宿った。
彼女がさらになにか唱える…
どんどん杖の放つ光が強さを増し、彼女自身もオーラのような光を全身にまとった。
はぁぁぁ……はいっ!
彼女の気合とも叫びともとれる声とともに、杖の光が雨を降らせる雨雲へ一気に打ち込まれた!
ぱぁあああああぁぁぁぁん
雨雲が砕け、無数の星が現れた!
彼女はさらに詠唱を続ける。
左右へ杖を振ると、今度は優しい輝きを帯びた光が城門を守る兵士を包む。
いつの間にか戦闘状態に入って傷つき疲れた兵士たちに、遠目にも力がよみがえるのがわかった。
(回復魔法かっ!)
続けざまに呪文を詠唱して杖を縦横無尽に振るう彩姫の姿に、タクは見とれた。
ちぃっ…
手にかすかな振動を感じた。
(ん?)
あんまり目立つのもどうかと、ぐるぐる巻きにして隠し持った長剣が震えている。
(彼女の呪文に共鳴してるのか?)
キィィィィン……
長剣が巻かれた布を通しても光を発しているのがわかる。
ズドォォォォン!
轟音とともに、城壁の一部が破壊され、兵士がバラバラと落ちている。
「!」
タクの視界に人の三倍はある巨大な赤い蜘蛛が映っていた。
頭部にある八つの金色の目…その視界、焦点に彩姫がいると直感した。
彩姫の額にうっすらと汗が光り、ずぶ濡れだった全身から湯気がたっていた。
彼女の表情が厳しくなっている。
手に持った長剣に熱を感じた。
そして彼自身も長剣に応えるように熱くなっている。
(俺にできるのか?)
正直体力には自信がない。
ましてや巨大な蜘蛛は凶悪で醜く、なにより強そうだ。恐怖が足をすくませている。
(だがしかし!)
彼はそれでも必死に魔法で兵士とともに戦っている彩姫を助けたい気持ちが強くなっていた。
布を取り払って長剣を腰のベルトに差し込んだ。
大きく深呼吸を二度三度。
恐怖を飲み込んで腹に力をためて、歩幅を広げて重心を落とした。
(こんなところで役に立つかよ)
若き日にやんちゃをした、あの頃の記憶が自然と身体を動かしていた。
柄を握って鞘から剣を引き抜いた。
「おっしゃ!」
気合を入れて剣を肩に担ぎ、巨大な蜘蛛へ一直線に走り出した!
「彩姫ちゃん!頼む!」
「え?は、はい!」
彼女の横をタクが剣を担いですり抜けざまにそう言い、無意識に彩姫は答えていた。
新たな呪文の詠唱を可能な限り急いだ。
担いだ剣を頭上に差し上げ上段に構えるタクの後姿。
彩姫の杖に強いオーラが宿る。
「いきますっ!」
杖をタクに向かって振り下ろすと、尾を引くように強烈な光がタクの持つ剣にぶつかった!
「いっけぇぇぇぇぇ!」
タクが渾身の一撃!
頭上から彩姫の魔法を宿した剣を目をつぶって魔物に叩きつけた!
彼の手にぐしゃっというなんとも嫌な手ごたえ。
と同時に横っ腹に衝撃を受けてタクは跳ね飛ばされた。
何かに背を打ち付けてバウンドして彼は地面へ落ちた。
「ち…い、いてぇ…」
這いつくばった彼は魔物を見た……
それはすでに頭部を割られ、そこから体液をまき散らして動きを止めていた。
「や、やった…」
タクの意識がかすんでいった…
【続】
おっさんの冷や水…これだけ動けりゃ上等でしょ♪
彩姫ちゃんとの初連携♡