3 彩姫とタク
火口の村からおばあちゃんと村長さんの許しをもらって旅に出た彩姫。
あれから数年。
たくさんの村や町を訪れて病人やけが人を治してきた。
感謝される反面、陰ではちょっと嫌な言い方をされて…ひとは理解できない技術やスキルをうらやんで、恐れて…
最後は治してもらったことなど忘れたように追い立てた。
それでも彩姫の表情は穏やかに微笑を絶やさない。
この国の災厄はますますひどくなってきている。
魔物の出現も多くなってきた。
疑心暗鬼のひと同士の争いや、それを利用した悪徳商人が弱い人たちを食い物にした。
誰が魔物でひとなのか…
彩姫は微笑の奥で必死に考えた。
なんでこないなことになったんやろ…
そして、おばあちゃんや村長さんが話してくれた『勇者様と大陸王の伝説』
他の世界から乱れたこの世界を救うために降臨した長剣を持った勇者様。
そしてこの大陸にある35の国をまとめ、平和な日々と人々の幸福を招いた大陸王。
どんな人なんやろ
精悍な表情、ひきしまった若々しい肉体とで伝説の長剣を自在にあやつる勇者さまぁ♪
彩姫の中で勇者様への期待と妄想はとどまるところをしらずふくれあがっている。
人々に魔女とか魔法使いとか言われて嫌われるたびに、彼女のその思いはどんどんひろがっていった。
きっと勇者様はかっこよくて強いんやぁ♪
彼女はある意味それだけをよりどころに、あてのない旅を続けていた……
「あ、街や♪」
広い街道を南に真っ直ぐ歩いてきた彼女の視界遠くに城壁が見えてきた。
あちこちに戦いの爪あとがあった街道も、南のこのあたりはまだそれほどひどいことにはなっていない様子。
(少しはのんびりできるとええんやけど…)
やがて城壁が近づいてきた。
巨大な城門の前に兵士が数人。城壁内の街へ入ってゆくひとを止めて旅切手を確認している。
(旅切手か…えっと、こっちの荷物やんな)
彩姫は荷袋から切手を出して入場待ちの人の列に並んだ。
のどかに小鳥がさえずり、青空に浮いている雲がゆっくりと流れる。
城壁の周囲は広く深い堀で囲まれて、城門まではたったひとつの頑丈な跳ね橋があるだけ。
彼女の並んだ列は跳ね橋の中ほどまで進んだ。
きょろきょろと左右を見ると、橋の欄干に背をあずけて立っている男がニコニコ笑って彼女を見ていた。
(?)
三十半ばくらい。
旅をしてきたのか砂埃で白くなった衣服に、長い包みを持っている。
彼女はいつもの癖でにこりと笑顔を作ると、その男が寄ってきた。
(なんなん?)
「やぁ」
「こんにちわ」
「ちょっと話してていいかな?」
「ええですよ」
「俺はタクって言うんだけど、君は?どこから来たの?」
「あ、はじめまして。彩姫といいます。ずっと北からです」
「ひとりで?凄いな」
まじめに驚いた感じで、タクは目を丸くした。
それからは他愛のない世間話。
彩姫は持ち前の愛想のよさと、一方で胸の中にこの旅で覚えた警戒心をもって男と話していた。
そういえばよくよく見るとあまり見かけない服装をしている。
彩姫はちょっと好奇心を覚えた。
「あの…」
「ん?なに?」
「タクさんはどこからですか?」
「あ~~~…ずっと遠くかな?」
「遠く?どこの国ですか?」
「国かぁ…教えてもわからんだろうなぁ」
彼は心底困ったような顔をする。
「日本…っていってわかるかな?」
「始めて聞く国です。この大陸にはあれへんですよね?」
「まぁ、ね」
列はやがて城門前の兵士に近づいた。
彩姫は切手をとりだす。
「あのさ、彩姫ちゃん?」
「なんです?」
「その切手って、1名限定?」
「!」
(密入国者なんだ!)
一気に警戒心がふくらんだ、そのとたん!
タクの腹の虫が盛大に鳴いた。
まじまじと彩姫は彼の顔を見て、そして直感を信じた。
「大丈夫です。これで街にふたり入れます」
彼は彼でそう言った彩姫の瞳を覗きこんだ。
ちいさくうなずく彼女に、タクの表情はみるみるゆるみ、ありがとうと深く頭をさげた。
無事に入城し街の市場へふたりは向かった。
彩姫はタクが一文無しであることもさっきの状況で理解していたから、食べ物や食材をいくつか買って彼に渡した。
「いろいろありがとう」
「いえ」
「なにか出来ることないかな?」
「大丈夫です」
「君は何をするひとなの?」
「えっと…けが人や病人を看ながら、人を探してますん」
「人探し…か。お医者なのかな?」
「そんなようなもんです」
「大変だね。いろいろあると思うけど、頑張ってね」
「おおきに」
タクはふっと彼女と距離を置いた。
「どないしました?」
振り返ってそう聞くと、彼は寂しそうな表情で微苦笑した。
「俺みたいな正体不明なおっさんと一緒じゃ、かえって迷惑かなって思ってさ」
「そんな…」
ちらっと
(別行動にしてくれるんだ、よかった)
と思いつつも、不思議にまだ離れがたいものも少しだけ感じて、
「タクさん?」
「ん?」
「また会うんやないかな…」
と言ってしまった。
「さぁ、どうだろうね。縁があったらってことで」
「はい…」
「気をつけて、ね」
「タクさんも」
「ありがとう、いろいろ」
「いいえ」
タクがくるりと背を向けて人ごみに紛れて行く…
彩姫は完全に見失うまで、その背を目で追い続けた。
【続】