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2 おっさんの憂鬱

東京某駅前ロータリー。

多くの人が行き交って行く。

ぎりぎりの間合いでタクシー、バス、自家用車がひっきりなしに動き回り、ロータリーを囲むように建ったビルは色とりどりの光が夜の街を彩っている。

迫るような深い暗黒の夜空に、降り注ぐような無数の星…なんてものはここではおとぎ話以外のなにものでもなく、見上げればうっすらと灰色に色あせた濃紺の空。


(都会ってか、東京の夜空はこんなもんだな…)


せまっ苦しい喫煙所で煙草の煙をくゆらして男はひとり苦笑する。

仕事が終わってオフィスを出ていつものようにそこへ向かった。

ロータリーの片隅の喫煙所に置かれた銀色のスタンド式の灰皿。

そこに数人が溜まって、黙々と煙草を吸っている。

もちろん彼もそんな中のひとり。

立ったままなにもすることもなく煙草を吸うためだけにそこにいると、なんだかさっさと吸って立ち去らなければいけないような脅迫観念を覚える。


(こうやって煙草くわえて、ゆっくり吸ってる風でも…美味くはないよなぁ)


ぱっと見三十代半ばほどの彼は、灰皿で火種をもみ消して煙草を投げ入れた。


(さてっと、そろそろかな……)


ひっきりなしに人を吐き出し、そして飲み込む駅を見て、うんざりしたように眉をひそめた。

腕時計をチラと見ると約束の場所までの所要時間、リスクを頭の中で計算し、小さく吐息をついて歩き出した。


規則的な振動と不規則な揺れに身を任せ、電車の窓の外を流れてゆく夜の景色を彼は焦点のあわない視線で見ていた。



(なんだ?)



不意に視界の隅に違和感を感じて、きょろきょろと挙動不審にならない程度に周囲を見た。

ひっきりなしに話す女子高生、疲れきった表情の中年サラリーマン、満員をいいことにぴったりと寄り添ったカップル…



(気のせいか…)



視線を窓にもどすとそこに映し出されていたのは見たこともない風景!



(なっ!)



まばたきをすると、そこにはいつものなんの変哲もない夜の街…



(疲れてるんかなぁ…)



彼はつり革につかまったまま時計を見る。



(わっ!)



時計の針がもの凄い勢いでぐるぐる回っている!

「なんだこりゃ…」

思わず声をだしていた。

周囲の怪訝けげんな視線を感じて、彼は何気ない風に足元へ視線を落とした。


数十分後、彼女と落ち合って食事を済ませ彼の自宅へ。

もつれるように抱き合っていつものようにベッドに倒れこむ。

熱い濃厚な時間が過ぎると、彼がぐっすり寝込んでいる間に彼女は自宅へ帰っていった。

鼓膜が割れるような喚声…

むせ返るような熱気と、忘れていた鉄の錆びたような臭いが鼻の奥につんと広がった!

彼は呆然と立っていた。

彼の立っているところだけがまったく別世界のようで、しかし周囲はまさに血で血を洗う戦場だった。


「なんだっ!」


何かが彼目がけて飛んできた。反射的にさけたが避け切れずに頬に熱い痛みを感じた。

誰かが彼の袖をつかんで引っ張った。


「お、おいっ!」

「死にたいのか!」

「って、なにを?」

「こっちだ!」


誰なのか顔は黒煙にさえぎられて見ることはできない。

引きずられるように走り出した。


「後ろを見るな!立ち止まるな!止まったら死ぬよっ!」


勇ましい声。凛としたその声は女性?

背筋に悪寒を覚えて彼はともかく走った。一歩踏み出すごとに恐怖が足元からはいあがってくる。

ひざがガクガクと悲鳴をあげはじめ、息があがってくる。

胃からせりあがる嘔吐感は濃い血の臭いのせいだろうか…


「も、もうだめ、だぁ…」

「あ、止まるな!」

「走れねぇ」

「男が情けないこと言うな!」


明らかに若い女性の声が彼を叱り励まし、ともかく危険から救おうと必死になっているのがわかる。

気持ちだけあせっても足がついてこない!


「やばいっ!追いつかれる!」

「え?」


彼は背後に感じる圧迫感の正体を見ようとチラと視線を後ろに移した!


「う…うわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


視界いっぱいに追手の姿が見えた。

そしてそれはこの世のものではない、とんでもなくおそろしい化け物そのもの!

彼に向かって化け物が無数に追いすがってきていた!


「こ、こんなん夢だぁ!」


思いっきり彼は叫んだ!

はぁはぁはぁ……



夢だよな…



枕もとのリモコンで部屋の明かりをつけた。

びっしょりと全身を濡らした寝汗がシーツまでも湿らせている。

彼は大きく息を吐いて、頬を触ってみた…


「!」


鋭い痛みと出血の感触が指先に伝わった。



(どういうことだ?)



頭の中いっぱいに恐怖体験の記憶がこびりついている。

震える手でPCを立ち上げて音楽を流す…

ふと見るとベッドの脇に彼女の忘れ物。



相当時間がたち、やっと平静に戻った彼はシャワーで嫌な汗を流す。

新しいTシャツを着てデニムをはいた。


(ちょっと気分転換に散歩でもするか)


彼は深夜の散歩は結構好きで、春から秋までの間はちょくちょく近所を歩きまわっていた。

フィギュアのついたキーで部屋の鍵を閉めてポケットにいれる。



(この辺は東京の都会の真ん中なのに、古い町並みが残ってんだよな♪)



蜘蛛道のように細く曲がりくねってあちこちがつながった路地。

突然小さな公園があったり、袋小路になったり、思わぬところへ出たりとわざと迷って新しい発見をするのが楽しみのひとつ。

彼は雪駄履きでのんびりとその道を歩いていた。



(?)



意思とは別に足が勝手にそっちに向かった…そんな感じで彼は桜の古木のある小さな公園に来た。

ちょっと前まで見事な花が古木に咲き乱れ、春の遠慮のない強風が花びらの吹雪を舞わせていたのを思い出していた。

尻のポケットに入れていたスマホが振動で着信を知らせる。


「はい、もしもし?」

『勇者さま?』

「え?」

『早く助けてください!』

「なんだ?君、誰だ?」

『早く!剣を持ってわたし達を助けてっ!』

「剣だぁ?」


ツーツーっと耳にむなしい機会音が響いている。



どんっ!



(?)



どこかで太鼓の音が聞こえた気がした。



(こんな夜中に?)



ガシャ…



彼の目の前で桜の古木の幹に亀裂ができた。


「こりゃあ…」


おそるおそる近づいた。

亀裂の奥に小さく何かが輝いた気がした。

彼がそこを覗こうとすると、みしっと更に亀裂が大きくなった。

明らかにその奥になにか光るものがある。


「これ、なんだ?金属っぽいな…」


吸い寄せられるように亀裂に手をのばし、そこにあるものをつかんだ!




ざざざぁぁぁ……




古木がざわめく。

地面から突風が渦を巻いて吹き上がって彼とともに飲み込んだ。


「わ!わぁぁぁ!」


彼はそれでもつかんだ物を離さなかった。

というよりそれが手の一部のようだった。

立っていた。

おそらくたった今まで戦場だっただろうその場所に…



今は誰もそこにはいない。




彼以外生きているものはいない。




彼は黄金に輝く長剣を手にその場に立っていた。




見た目ほどに若くない不惑を半ばまで過ぎた男が…そこにぽつんと立っていた。



【続】

まとめて2編投稿ですwww

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