一日目
俺は。
独身、32歳のサラリーマン。
ごくごく。
普通で。
それは、本人が思っているだけかもしれないが。
平日の夜。
ネット接続のアクションゲームくらいが趣味の。
所謂。
オタクに近い。
冴えない。
モブキャラだ。
取り柄と言えば。
ゲーム中の裏ワザが上手いだけで。
自慢できるものは。
何もない・・・。
いや。
待ってくれ!
一つだけ。
そう、一つだけあるよ。
それは。
上手いカレーを作れること。
そう。
それだけなのでした。
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そう。
威張れるものじゃ無い。
ルーを。
香辛料からなんて。
市販のものを。
だけど、二種類のルーを使う。
これは。
お袋から教わったもの。
『二種類のルーを使うとコクがでるの』
確かに、母さんのカレーは大好きだった。
だから。
今でも、マネをしている。
野菜は。
普通に、ぶつ切りにして。
肉も。
その時の気分で。
大抵は。
牛肉。
リッチな時は。
国産牛だけど。
オージービーフでも全然、OK。
土曜日の遅く起きた昼下がり。
寝ぼけ眼で刻んで、鍋にぶち込む。
弱火で。
コトコト煮ている間に。
軽く。
ジョギング。
ストレスが溜まった身体から。
妙に濃い汗が噴き出していく。
30分ほどで。
アパートに戻ると。
カレーのスパイシーな香りが充満していた。
火事は怖いけど。
短い時間だから、許してね。
一旦。
火を止めて。
シャワーを浴びる。
炊飯器のアラームが鳴った。
パカンと開けると、もわっと白い湯気。
それだけで。
俺のお腹は。
ぐぅーと、鳴るのでした。
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パキンッ!
350mlビールのプルトップ。
世界で一番、心地良い音だと俺は思う。
ジュワっと出た泡ごと。
グラスに注ぎこむ。
溢れる程の泡を。
ジッと我慢して表面張力を信じる。
おぉ・・・。
CM並みの泡の盛り上がり。
寝覚め後とジョギングの渇きに喉が上下する。
ギョクギョク・・・。
ぷはぁー!
美味い。
美味すぎる!
一週間の疲れと共に。
喉元を過ぎ去っていく。
いやいや。
まだだ・・・。
まだ、なんだよぉ!
俺の中の。
小人達が騒ぐ。
震える指で。
スプーンを白い米の中に。
下からすくい上げるように。
茶色いルーを絡ませて。
引き寄せる。
う~ん。
スパイシーな香りごと。
口中に広がる旨味。
ギョクギョク・・・。
ぷはぁー!
ビールごと。
流し込んでいく。
そう。
休日の。
俺の楽しみ。
カレー、一日目。
至福の時が始まった瞬間だった。