0712:学院講師の兄弟子
「それで、アーチェルなのですが、恐らくは研究室にこもっていると思います。今呼んできますのでこのあたりでお待ちいただければ」
職員室にいないと思ったら研究室にいたのかと、アルヴィストは会ったことのない兄弟子につい苦笑してしまう。
研究室にこもっているというのが妙にジスカル老のそれを彷彿とさせるのだ。
「いいよ、研究室とかにこもってるのはジスカルで慣れてるし。普段いる場所を確認しておきたいからさ」
「いえ……しかし……その……お世辞にも綺麗な部屋とは言い難い状況でして……殿下をお招きする場所とは言えなくて……」
「いいのいいの。ほら案内して」
せっかく兄弟子に会えるというのに、妙に着飾られても困る。アルヴィストはいつもの様子が見たいのだ。
そうでないとどんな人物なのかもわからない。こういう時は初対面こそが大事なのだ。
リカルドとだってそうやって、初対面からして碌な出会い方ではなかったからこそ今のような関係になれたと思っている。
「こ、こちらです……ですが殿下、まずは私が中に入ります。それで状況を見て殿下を中にご案内するか決めるので」
「そういうのいいから。早く中に入ろうよ」
「で、殿下!お待ちください!」
リカルドの制止も聞かずにノックをする。しかし中からの反応はない。中から魔力の反応はあるのだが反応がない。
「あれ?いるのにな……?居留守使われてる?」
「いやいや、さすがにそのようなことは……」
「……この中ってさ、散らかってるよね?」
「……散らかってます」
「どれくらい?」
「…………けっこう……いや……かなり」
「……生き埋めになってたりする?」
その可能性にリカルドはそんな馬鹿なと思いながらも、それを否定することができなかった。
「アーチェル!入るぞ!」
ノックの返事を待つことなくリカルドは扉を開けて研究室の中に入る。
扉を開けた瞬間に、その勢いで舞い上がる埃にアルヴィストたちは一瞬目を細めるも、リカルドはどんどん中に入っていく。
恐らく慣れっこなのだろう。埃が積もるほど放置されているものもあるのだということを確認しながらアルヴィストもその研究室の中に入っていく。
中にあるのはジスカル老の研究室でも見たことのある物品が多かった。魔法のための道具や媒体、依り代に加えて書物の山。まさに研究者といった様相を呈している部屋だった。
「いた!おいアーチェル!何やってるんだ!」
「何って……研究だが……?今日は授業もないし……」
「ノックが聞こえなかったか!お客様だ!いや、客ではないんだが……とにかくこっちに来い!っていうかなんでそんな恰好なんだ!」
「別に研究室から出る予定もないからこれで大丈夫だろう。何が問題だというんだ?」
どうやら研究に集中しすぎていてノックの音に気付かなかったらしい。集中力が高いことは良いことなのだろうが周りの音さえ聞こえなくなるというのはよほどだ。
「そんな恰好で表に出せるか!何か着られるもの……殿下!お待たせして申し訳ありません!今参りますので少々お待ちください!」
「殿下?おいリカルド何を言ってる。メイレイン殿下は先日卒業しただろう?我々でちゃんと送り出したじゃないか」
「そっちじゃない!アルヴィスト王太子殿下だ!今日からいらっしゃっているんだ!早くこれ着ろ!」
どうやら研究室から出ないということを理由にあまり表には出てはいけないような服装をしていたのだろう。
別にどんな格好をしていてもアルヴィストとしては困らないのだが、兄弟弟子であり同僚でもあるリカルドからすれば大問題なのだ。
研究室の奥からリカルドに連れられるようにして一人の男性がやってくる。
線が細く身長が高い。体が細いというよりは痩せている、痩せこけているという印象を与える人物だった。
ぼさぼさに伸びた髪を適当に後頭部で束ね、無精ひげを生やしているあたり完全に私生活がぐずぐずになっているのがわかる。
そして何よりコートのようなものを羽織っているが、そのコートの内側にちらちらと地肌が見えている。ズボンは履いているが、そのズボンには埃がいくつもついているのが見受けられる。
もしかしてパンツ一丁で研究していたのだろうかと疑問すら抱いてしまう服装だ。
「殿下、遅れてしまい申し訳ありません。この学院で講師として働いています、私の同僚で兄弟弟子のアーチェルです」
「あー……このような形で失礼します。王太子殿下……?アーチェルと申します……?って師匠までいらっしゃる?どういう状況だこれは?」
いきなり連れ出されたと思ったら王太子と師であるジスカル老がいるのだ。アーチェルも理解が追い付かないのだろう。疑問符を浮かべまくってしまっていた。




