0711:学院の中の立場関係
王立学院の中は多くの生徒が行き交っている。これから学院の世話になる者も、既に学院の中で生活している者もいるのだろう。
そんな中でアルヴィストのような正装を身に着けたものがやってくるというのは至極目立つ。
制服は用意されているものの、王族として立ち回ることを求められているためにここはある程度目立つのを覚悟で動くしかなかった。
「ここが職員室になります。その隣が学院長室。本来であれば、殿下がいらっしゃるのであれば職員総出でお出迎えした方が良いと思うのですが……」
「僕がそういうの苦手って知ってるでしょ?」
「そうおっしゃると思いました。しかし、殿下が、殿下としてこの場にいらっしゃるのであればそれをしなければいけないのが道理」
「違うよ。僕はこの学院の生徒としてやってきたんだ。王太子としての立場もありながら生徒でもある。それなら、生徒を指導する教師としては、まず待つのが道理だ。僕の方から挨拶に行くのも、また道理だよ」
その言葉にリカルドは納得はしていないようだった。その道理はあくまで王族だからこそ言える道理だ。少なくとも立場が下位のものが言うべきものではない。
それを理解したうえで、アルヴィストは学院側の対応を容認した。というか容認せざるを得なかった。
何せメイレインが一時的に、というか学院生活のほとんどを王族であることを隠して生活していたのだ。もしかしたら弟のアルヴィストも同様の対応をするかもしれないと気をまわした結果といえる。
学院長室の前に立ち、ノックをして返事を待ってから入ると、その奥の方には初老の男性が座っている。
アルヴィストの存在を確認するとすぐに立ち上がり、笑顔で迎え入れてくれていた。
「ようこそ御出で下さいました、アルヴィスト殿下。申し訳ありません、本来であれば皆でお出迎えをするところですが……」
「構いません。僕としても大仰に迎え入れられるのはあまり好きではありませんから。では改めまして。今期より入学させていただきます。イルス王国王太子アルヴィスト・ベイゼガラ・ディム・イルサタルと申します。どうぞご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
王太子と名乗りながらもしっかりと頭を下げるその所作に、学院長は複雑な表情をしていた。
それはつまり王族としても扱えということだし、学生としても扱えという事でもある。
言う側は気楽なものだが、言われた側はなかなかに無理難題だ。渋い顔をしてしまうのも無理はない。
しかしメイレインのように気品を感じながらも気安い態度をとってくれるのはありがたいところでもあった。
「ところで殿下、そちらのリカルドとはお知り合いで?」
「あぁ、そのあたりはご存じありませんでしたか。僕とリカルドは兄弟弟子です。同じくジスカルを師として魔法の研鑽をしています。子供のころからお世話になっていますよ。五歳の頃からの付き合いだっけ?」
「それくらいの時でしたか。こちらとしては肝が冷えましたが」
「悪かったって。反省してるよ」
どうやら王太子を預けることができそうだと、学院長は安堵したような表情をする。
非常勤講師とはいえ、学院内にアルヴィストの知人がいたのは彼らとしても非常にありがたい話であった。
「リカルド、もし時間に余裕があるなら、殿下に学院の中を案内して差し上げなさい。久しぶりにお会いして、積もる話もあるだろう」
「よろしいので?せっかくの機会ですから学院長直々にご案内するのもよいかと思ったのですが」
「私が案内するよりも、その方が殿下の気が楽でしょう。いきなり全く違う場所に来て殿下も不安がおありの御様子。まずは知己の方が周りを固めておくべきでしょう」
まだどのような人種なのかも把握できていない王太子相手に、適当な人間に案内を任せるよりも、気心が知れた仲の人間にやらせた方がいいだろうと、学院長としては自分たちが何か失礼をするリスクを受け止められるほど度量が深くはなかった。
本当だったら王族とのつながりを深めるチャンスと言えなくもない。そういう意味では王太子であるアルヴィストとの会話を行える数少ないチャンスではあるのだろう。
しかし年単位でこの学院に通うことになるのであれば、そのチャンスは決して今回だけではない。
今この状況で急げば、その分痛手を被るだろうと学院長は判断していた。
「あぁそれと殿下、一つお願いがございます。お話が通っているかどうか判断しかねるのですが……」
「ひょっとして、入学の時の演説の話ですか?」
「そうでございます。お願いできないでしょうか?」
正直なところ演説は興味がないというか苦手分野に分類するので、あまり首を縦に振りたくはなかった。
しかし今後のことを考えればやっておいたほうがいいというのは事実だ。そのあたりはベンゴール達とも話し合った。
「わかりました……ちなみにそれっていつ頃実施するとかってありますか?」
「一週間後に、他の貴族の方々の入学も完了する予定なので、その時を予定しております。詳細が決まりましたら、また御連絡いたしますので」
こうなってしまっては仕方がない。アルヴィストとしても腹をくくるほかなかった。
「こうして歩いてると……結構広いんだね」
「えぇ。学院の大まかな構成としては、生徒の為の寮、食堂、教室、そして教員たちのための研究室、運動場などがあげられます。場合によっては個別の実験用施設などもありますよ?」
アルヴィストたちは学院長との挨拶及び職員室での各教師への挨拶を終えた後、王立学院内を移動していた。
それぞれの場所に何があるのかなどを把握しながら向かうのだが、その移動にしっかりとジスカル老もついてきている。
「……で……その……師匠は……今回どのようにするのです?」
「どのように……とは?」
「えっと……殿下はこの学院の寮に住まうことになると思われます。師匠は……どちらに住まわれるんです?」
「適当な家に住もうと思っておる。このような老いぼれた体だ。適当なあばら家でも問題はない」
「そんなのダメだからね?絶対体壊すから。リカルド、この学院内に教職員が住める場所とかないのかな?」
「あります。職員によって、職員寮に住んでいる者や……街に住んでいるものなどもおります。中には……その先ほど申し上げた実験用施設や研究室に泊まり込んでいる者も……」
研究室などに泊まり込むというのはあまりにも酷い環境だ。否、どちらかというと本人が好き好んでそのようにしているのかもしれない。
まだ若い教師陣であったのなら問題はないのかもしれないが、年老いたジスカル老がそのような行動をとったら間違いなく体を壊すことは目に見えている。
もちろん学院の外のあばら家に住まわせるなどという事も論外だ。学院の外だと世話をするための人もいないだろうから苦労することになってしまう。せめて学院の中で過ごしてもらうことが必要になりそうだった。
「いくつか使われていない職員寮などはありますので、そこを利用するのはいかがでしょう?こちらで申請しておきますので。殿下への指導をするのならある意味教員と言えなくもないので問題はないかと思いますが」
実際そのあたりの規則がどうなっているのかは不明であるため、リカルドに任せる他なかった。
「ここが訓練場となります。メイレイン殿下はよくここで暴れて……もとい訓練に勤しまれておりました」
「いいよ、大体聞いてるから。伝説を残したって話は知ってる」
「……えぇ、なんでも、貴族の男子生徒……いえ、挑んできた男子生徒全員斬り伏せていったと……繋がりを作りたかった貴族の男子たちはそれはもう……阿鼻叫喚といった様子でしたよ」
「そりゃそうだよ。どんな訓練してたか知らないけど姉上に勝てる人間なんてどれくらいいるか。慣れてる僕だってギリギリだったのに初見で勝てるわけないじゃない」
圧倒的な筋力や熟達した技術、さらには十分な戦闘経験を積んでいたノイルーガでさえ初見では対応しきれなかったのだ。貴族の子供程度が勝てるはずもない。
しかも彼女の面倒なところはその剣術が一般的に教えれている剣術とはかけ離れているところにある。
通常の剣術と全く違う我流剣術であるが故に、大抵がその技量に圧倒され、そのまま倒されるのだ。
しかも剣だけではなく蹴りも掴みも何でもやってくるという、王女にふさわしくない方法を取りまくるせいで呆気に取られてしまう。
「殿下は別の意味で貴族の方々から接触されることでしょうな。男としては羨ましい限りです」
「本当に羨ましいと思ってる?ならいろいろと紹介しようか?僕の兄弟子っていう紹介の仕方なら結構食いつきは良いと思うけど?」
「ぅ……申し訳ありません、適当なことを言いました。しかし、殿下ももうよいお年ですし……その、女性関係に興味を持ってもよいのでは?」
「興味がないわけじゃないんだよ?ただ僕の持つことになるであろう権力とかそういうものに群がってきてるかと思うと嫌気がさすだけで」
「あー……まぁ……その……それは仕方のないことかと」
「うん。僕も王族の務めと思ってあきらめることにする。父上からもいい言葉をもらったしね」
「ほう?どのような?」
「真実の愛を探すより、真実の愛にすることが大事なんだって」
「ほぉお……それはなかなか……至言ですね。いや、これはなかなかどうして。陛下御自身の実体験かもしれませんね」
「うん。だからまぁ、ここでの出会いは大事にしようとは思ってるよ。どういう出会いがあるのかはわからないけどね」
実際にこの学院で出会った子女と交流を持ち、後の妻となることだってあり得るのだ。
そう考えればこの学院生活は本当に大事なものとなるだろう。
こうして歩いているだけでも、アルヴィストのもとに視線が注がれているのがわかる。訓練や実践を経たことで、ある程度気配やら視線やらを感じ取れるようになってしまったのがある種裏目に出ていた。
ここまで視線を感じると妙にそわそわしてしまう。見られているという印象が強すぎて自然体で振る舞えている自信がなかった




