0710:王子と魔導師の再会
「……ここが……王立学院か……」
アルヴィストたちを乗せた馬車は王立学院のある街にたどり着いていた。
馬車から降りて建物を見上げる。大きさこそ城より劣るが、また違う形での荘厳さがある。
城は権威の塊のような印象を受けるが、この建物からは機能美に近い独特の品性を感じ取ることができる。
立派であることに関しては何ら変わりないのだが、不思議と嫌悪感は感じられない。ここに多くの若者たちが通い、また巣立っていくのだ。
そんな中で、アルヴィストの方にやたらと視線が向けられているのに気づく。流石に馬車でやってくれば誰が来たのかと思うのだろう。
しかも魔物との戦闘で血だらけの護衛を引き連れているのだ。いやでも目を引くというものである。
「殿下、あまり視線に動揺してはなりません」
「動揺するなって方が無理でしょ?こんなにみられて……」
「今後殿下は見られることが当たり前になってくるのです。この程度の視線に動じてなんとしますか。王族たるとも、堂々としていればよいのです」
難しいことを簡単に言ってくれるものだと、アルヴィストはひとまず教師陣のいる場所を探そうとするが、そこに駆け足でやってくる人影が一つ。
「ん……?あれって……」
「どうやら迎えが来たようですな」
「坊ちゃん!お久しぶりでございます!」
「リカルド!」
アルヴィストたちのもとに全力疾走でやってきたのはリカルドだった。
無精ひげを生やし、目の下にはややクマができている。どうやら非常勤講師として忙しく働いているようだった。
「久しぶり。少し痩せたんじゃない?ちゃんとご飯食べてる?」
「お、お恥ずかしい。坊ちゃん、お久しぶりで……随分と……大きく……いえ、ご立派になられました……!」
リカルドの記憶の中のアルヴィストはまだ子供のそれだった。体の線も細く、訓練はしていてもまだ少年のそれだった。
しかし今目の前にいる姿はもはや少年から青年に変わろうとしている男のそれだ。
子供と大人の間。いや、大人になろうとしている最中の姿だ。
城を出て遊んでいたあの日、自分がお供をしていたあの小さな子供が、これほど大きくなったのかと、リカルドは感動で涙さえ浮かべかけていた。
「坊ちゃん、私は……!これほど……!」
「リカルド。僕は王太子としてこの学院に通う。坊ちゃんじゃなくて大丈夫だよ」
言いかけたことを遮ったその言葉に、リカルドははっとなって顔を上げアルヴィストの方を見る。
そこにあったのは少し困ったような笑顔で、しかし確かな決心を感じられる強い目だった。
もう守られる子供ではない。王族として、この学院に通うことを決めたのだ。
それは強制されたことかもしれない。本人は望んでいないかもしれない。
しかし、アルヴィストはそれを受け入れていた。その表情に、その目に、その覚悟が表れているように感じられたのだ。
それを理解したからか、リカルドはその場に跪いた。
「アルヴィスト殿下。本当に、本当にご立派になられました……このリカルド……!もはや……言葉も……ありません……!」
一つ、また一つと地面にシミができていく。
リカルドの眼からこぼれ落ちる涙は、決してアルヴィストからは見えない。だからこそ、その声の震えも、地面の染みも、何もかも気にしないことにしていた。
「リカルド、教師と生徒っていう立場だとは思うけど、またよろしくね。たくさん迷惑をかけるから。これから大変だよ?」
「はい……!はい……!!」
肩に手を添えられ、リカルドは深々と頭を下げながらもアルヴィストの手の温かさに打ち震えていた。
自分の知っていた小さな手と違う。柔らかくない、剣ダコによって、筋肉によって硬くなった男の手だ。
低くなった声が、所作の一つ一つが、体の何もかもが、アルヴィストの成長を、変化を感じられる。
そしてこれからも自分を頼ってもらえるのだと確信し、リカルドは歓喜が体の奥底から湧き上がるのを感じていた。
「ほら立って。先生がこんなところでそんな格好してたらいけないよ」
「し、失礼いたしました。お恥ずかしいところを……!」
「……久しぶり、リカルド」
互いに顔を見合わせて、いつの間にか身長がもう少しで追いつきそうになっているということに気づき、リカルドの涙腺が再び緩くなる。
「……お久しぶりです……アルヴィスト殿下……!」
涙は流さなかった。そしてアルヴィストは再会を思いきり喜ぶようにリカルドを抱きしめた。
五歳の時に初めてまともに話してから、十年。
あの時はこんな風に抱き合うことなどできはしなかった。
自分の成長をこんな形で実感できることになって、アルヴィスト自身も少しだけ泣きそうになってしまっていた。
「まったく。殿下、あまり往来で弟子を甘やかさないでいただきたいですな」
感動の再会をしている最中、馬車からゆっくりと降りてきたジスカル老は久しぶりに会った弟子の様子に少し呆れているようだった。
いや、弟子だけではなく、その弟子に対して高い評価をしながら友人のように接しているアルヴィストに対しての苦言も含まれるのだろう。
王族らしく振舞えと進言した矢先にこれだ。文句の一つや二つ言いたくなるのも理解はできるというものである。
「……え?は!?師匠!?どうしてこちらに!?」
「あぁ、ジスカルは僕と一緒に学院に来たんだよ。僕の魔法の修業がまだ続いてるからね。しばらく城に帰れなくなるなら一緒にって」
ジスカル老が城からくることは聞いていなかったのか、リカルドはかなり驚いているようだった。
先ほどまでの感動はどこへやら。まさか自分の師匠であるジスカル老がやってくるとは思っていなかったのだろう、リカルドはジスカル老の姿に驚いている。
その驚きの理由は二つある。
アルヴィストが少年から青年へと成長を遂げているのとは対極的に、ジスカル老は以前会った時よりもさらに痩せており、顔の皴は濃く浮き出ている。目の力も衰え、腰の曲がり方も強くなっているように見えた。
「師匠……大丈夫なんですか?」
「荒事には耐えられんが、殿下にものを教えるくらいであれば何でもない……もっとも、せっかく他の弟子に会っているのだ。教える相手は殿下だけとは限らんがな。このような往来でみっともない姿をさらすでない」
「あはは……お恥ずかしい限りです。アーチェルも喜びます。師匠に会うのは久しぶりでしょうから」
「あぁそうだな。あれと会うのは何年振りか……殿下はお会いしたことはありませんでしたな?」
「うん。確かこの学院で講師をしてるんだよね?」
「はい。正式な講師として働いています。魔法に関しては間違いなくこの学院で一番の使い手ですよ」
「まだまだ会ったことがない兄弟子は多いなぁ……ちょっと楽しみ」
「アーチェルも殿下にお会いできることを楽しみにしていましたよ。学院にずっと勤めていた関係もあって、そもそもこの街からあまり出られないようですから」
王立学院に講師として勤められるというのは非常にレベルの高いことの証明でもある。そして何より、誰かに物を教えられるということは技術力だけではなく知識に加えて、それを他者に伝えられる知性を有していることにもつながる。
今まであってきた魔導師の中で、おそらく最もオーソドックスな能力を持っているのではないかと推察していた。
どこぞの筋肉のように尖った能力を持っているわけではないだろうと確信できる。
「アルヴィスト殿下、我々はここで」
「うん。護衛ありがとう。ここまで付いてきてくれて本当に助かったよ。帰りも気を付けて。戻ったらノイルたちによろしく伝えておいて」
「はい。それでは失礼いたします!」
アルヴィストの護衛をしてくれていた兵士たちは深々と頭を下げてから馬に乗って颯爽と駆けていく。
兵士たちとのやり取りを見てリカルドは感心した様子だった。
「殿下は相変わらず兵士の皆さんと仲が良いのですな。良いことなのかどうかはさておいて」
「まぁ一緒に何度も魔物討伐しに行ったしね。もう勝手知ったる仲だよ」
「……魔物討伐……?」
「うん。この近辺にはあまり来たことはなかったけど、王都から見て東側で結構動いてたんだよ。最近魔物がすごく多くなっててさ。ここに来るまでも何度か襲撃された。大体蹴散らしたけど」
「…………殿下は……御強くなられたのですね……?」
「そりゃそうさ。僕だっていつまでも子供じゃないんだよ?姉上にだって勝ったしさ。まだまだ強くなる予定」
「そうか……そうか……!メイレイン殿下が何でか急にお淑やかになったと思ったら……そういう事だったのですね!?おぉぉぉお!なんという!なんで俺はそこにいなかった……!なんで……!?」
つい一人称が崩れるほどにリカルドは動揺してしまっているようだった。アルヴィストがメイレインに勝つ瞬間。それを見ることができたのはあの場にいた兵士たちとシータだけだ。
城の中でもそれを完全に見られたものは少ない。
非番の者たちはその決着を直接見ることができなかったことを本気で嘆いていたのを思い出す。
ただの姉弟の決着だというのに、なんとも大げさなと思いながらも、皆がアルヴィストの勝利を願っていたのも事実だ。
そして同時に、豹変したメイレインの姿を見て動揺したのも事実である。
「リカルドは姉上とはあまり関りはなかったの?」
「時折話はしておりました。しかしメイレイン殿下にはリザベラがついていましたので。ものすごく、その、大変そうではありましたが」
「あぁ、うん。聞いてる。ちょっとだけど……」
「しかし、テルンやポロナルグという友人がいたためか、そのあたりはだいぶ楽……?だったようですよ?少なくとも、倒れることはなかったようなので」
本当に大変だったんだろうなとアルヴィストはリカルドの様子を見て察する。テルンたちがいなかったら心を病んでいたのではないかと思えるほどだ。
彼女には本当に特別ボーナスの一つでもあげなければ割に合わないだろうと確信していた。




