0704:鍛え上げた実力
「立場的に言えば、殿下が上位者にあたります。話題を作るのは相手側の役割でしょう。お気になさることはありません」
「いやいや、さすがに男性側から話しかけてあげないとまずいでしょ。僕も相手のことを知らないけど、僕側から話しかける方が筋じゃないの?立場とか考えると、下の人が上の人に話しかけるのって結構大変だと思うんだけど」
いくら学院内では立場の上下がないとは言っても、そんなものは一種の建前でしかないだろう。
実際に王族などに会ったら多くの者たちは平伏してしまうかもしれない。中にはそういった事前情報を持たずにやってくるものもいるかもしれないが、アルヴィストと関係を持ちたい貴族の子女たちからすればそれらの常識は前提だ。
そのため、間違いなく話しかけにくくなる。
だがベンゴールはあえてそれを否定した。
「立場などのことをお考えできるのであればなおのこと、殿下からお声がけすることはなりません」
「それは……特定の人物を贔屓してるとかそういう話になるから?」
「ご理解が早く助かります。誰かに話しかけるということは、その者だけに話しかけたという事実が残ります。何か用があったり、聞きたいことがあるのであれば別ですが、用もなく話しかければその者だけと話したということになります。不平等は常に不和を招くきっかけになります」
理屈はわかる。王太子が話しかけるというのはそれだけの意味を持つのだ。特定の誰かとだけ話したのであれば不和が生まれ軋轢ができてしまうだろう。
もし誰かに自発的に話すのであれば、全員に話しかけるくらいの気持ちでいなければならないのだ。
そうでなければ無用な争いを生みかねない。王族として振る舞うのは大変だなと、アルヴィストは心底呆れていた。
「ですが逆に、話しかけられたのであれば平等に接すればよいと思われます。それはもういつもの調子でも構いません」
「え?いつもの調子でいいの?」
「はい。それが陛下や殿下の良さでもあります。それを潰すのは後の関係を悪くするものと愚考いたします」
「本当にいいの?」
「………………………………………………………………王太子としての立場だけは守っていただければ幸いです。それを覆すようなことがなければ……こちらとしてはそれ以上は求めません」
だいぶ長い沈黙があったなとアルヴィストたちは少し苦笑してしまう。アルヴィストがいつもの調子で活動していたらメイレインの二の舞になりかねないと考えたのだろう。
だが実際はそんなことをするつもりはない。せっかく王立学院に通えるのだ。この世界の学問にもかかわってみたいし、新しい知識を得たい。
もちろん体を動かすことだって必要だろう。メイレインほどではないが、アルヴィストだって体を動かしているほうがよほど楽なのだ。
「ならいつもみたいに過ごさせてもらうよ。僕が入学するにあたって、学院側からの要望は何かあったりする?」
「要望を叶えていただけるのですか?」
「え?なにかあるの?」
「はい。実は御入学するにあたり、入学の演説をしていただきたいという要望が上がってきております。殿下はそういう大勢の前に出るようなことは苦手と判断してこちらで止めていたのですが……」
「あー……確かに今まであんまり大勢の前には出てこなかったからね」
いくつかのパーティーなどに出たことはあっても、大勢の前に立って話をするなどということは経験がない。
しかも演説など全く考えにすらなかった。全校生徒と教師の前で入学の意気込みでも話せというのか。
「殿下の存在を全校生徒の前に示す。それはある意味好機ではあります。事情を知らぬ下級貴族や平民たちにも殿下の存在を知らしめることができますので、無用な諍いに巻き込まれる可能性は減らせるかと愚考いたします」
「無用な諍いって……?」
「殿下の存在を知らぬ者が勝手に殿下に敵意を抱くかもしれないという事です。恐らくは殿下の入学に合わせて学院内の人間関係は一気に変わるでしょうから。その余波は必ず生まれます」
人間関係が一気に変わればその分歪みが生まれる。その歪みがどのような形であれアルヴィストに向かうかもしれないのだ。
メイレインは当初自らが王族であるということを隠していた。そして何より貴族子息のアプローチも剣術というあまりにも物理的なものに偏っていたためにそこまで文句も生まれなかった。
しかしアルヴィストの場合はそういった話とはまた違う。物理的な人間関係の構築とは異なるため、何かしらの影響が出る可能性は高い。
「逆に殿下の存在を知らしめることであえて殿下に関わろうとする荒れくれもいるかもしれませんが、そのあたりは殿下ならば何とかできるでしょうから、何とかしていただければと思います」
「なんか急に雑じゃない?僕の身に危険が迫る可能性あるんじゃないの?」
「所詮学生基準です。殿下の戦闘能力はすでに一般的な学生の基準を大きく上回っておりますので」
これまでの間、メイレインに勝つという具体的な目的があったのもそうだが、兄弟弟子や兵士たち、魔物との戦闘を繰り返してアルヴィストの肉体は鍛え上げられている。
肉体的にも魔法的にも、アルヴィストを倒すことができるものは学生レベルでは存在しないのが実情だ。
「ジスカル様、魔法の師であるジスカル様から見て殿下を倒すにはどれほどの戦力が必要でしょうか?」
この場に丁度ジスカル老がいるからか、ベンゴールはずいぶんとシンプルに聞いてきた。聞いている内容も随分と危険な内容だ。場合によっては反逆の意志と捉えられても仕方がない内容である。
「ふむ……それは殿下が全力であるという想定でよいのか?」
「はい。剣でも魔法でも、どんなものを使っても構いません」
「……であれば……儂の弟子が三人もいれば倒せるといったところか」
ジスカル老の弟子が三人。アルヴィストはジスカル老の弟子をすべて知っているわけではないが、身近にいる弟子たちを思い浮かべて冷や汗を流す。
確かにあれらが三人もいたら制圧されるだろう。二人ならば逃げに徹すれば相性によっては切り抜けることもできるかもしれないが、三人となるとあまりにも戦力差がありすぎる。多少の抵抗はできるかもしれないが、それでも逃げることもできずに確実に討ち取られるだろう。
「一般兵レベルで言えば、どの程度必要でしょう?」
「……一般兵、という基準が随分と曖昧ではあるが……そうじゃのう……この城の兵であれば……ん……殿下の戦い方にもよるが、まぁ五十人もいれば」
五十人。その数が多いのか少ないのかはアルヴィストには判断しかねる。しかしこの城の兵士が精鋭であるという事を知っているベンゴールからすれば、その数字は驚異的なものだった。
「五十人もいないと取り押さえることもできないと?」
「殿下が本気で抵抗した場合、それくらいしなければ取り押さえることは難しいじゃろう。ジュニラックの若いのを筆頭に、良いのが育っておるが」
「待ったジスカル。僕一対一だとノイルにはまだ勝てないよ?」
「それは剣のみで競った場合でございましょう。殿下が魔法も剣も使って挑めば、あの程度は問題ありません」
確かにノイルーガとの訓練においては基本的に剣だけを使っているため魔法は使わない。本当に最初の腕比べの時に使った程度だ。
最近は訓練において魔法を使うということはほとんどしていない。
「殿下は既に魔法を実戦で扱えるだけの技量をお持ちです。それを剣と共に扱えば、一対一で殿下を下せるものはこの国にも数えられるほどしかおりますまい」
「僕ってそんなに強くなってたの?」
「魔法においてはこの老いぼれが。剣においてはこの城の兵士たちが。そして訓練と実戦を何度も何度も繰り返しておられる。仮に学院の中の実力者が挑もうと、学生風情では殿下に傷一つとして付けられますまい」
普段の訓練ではまだまだ上には上がいるという状況であるためそのように思えないのだが、アルヴィストは思っていたよりも自分が強くなっていたという事実に驚く。
しかし同時に嬉しいものだ。今までの努力が決して無駄ではなかったという事でもあるのだから。
「学院にどの程度の実力者がいるのかはわかりかねるが、一対一の状況であれば殿下は間違いなく逃げおおせることができると断言いたしましょう。その身を守ることに関してはこの老いぼれが徹底して教えてきましたからな」
「勝つ、ではなく逃げると?」
「然り。ベンゴール、お主の確認したいところは殿下の勝利ではないじゃろう。あくまで殿下の身の安全を考えているはず。そういう意味では、別に殿下が勝つ必要性はない。あちらにはリカルドもいる。何かあれば駆けつけるじゃろう」
アルヴィストのみに危険が迫れば、当然周りの者が護ろうとするだろう。特にあの場所にはリカルドがいる。そしてもう一人の兄弟弟子もいるのだ。
アルヴィストがそう簡単に捕まることも害されることもあり得ない。実力がそもそも違いすぎる。
「殿下のお力がそこまで高まっていたとは。このベンゴール、殿下のお力を見誤っておりました」
「ほっほっほ。どこぞのやんちゃ坊主と違い、殿下は優秀ですぞ。常日頃から訓練を怠らず、積み上げることの重要性をご存じだ。のう陛下?」
「ん……爺よ、あまり虐めてくれるな」
恐らくヴィルクリフ王はジスカル老の訓練をそこまで熱心に受けることはしていなかったのだろう。
子供からすれば幼いころから訓練をするというのはなかなかできないことだ。楽しいことを優先してしまうために放り出すこともあるだろう。
アルヴィストやメイレインが稀有な例なのだ。少なくとも同年代ではアルヴィスト以上に自らを鍛えるための訓練を行ったものはいないだろう。
「貴族の子らがどの程度の訓練をしているのかは知らぬが、少なくとも殿下が劣ることなどありえませぬ。殿下、胸を張って学院でもその力をお示し下さい。それでこそ師匠冥利に尽きるというものです」
「あまり力を振るいすぎても困るのですが……」
「まぁまぁ、手加減くらいはするよ。学院にニックくらいの強い人がいるなら話は別だけどさ」
ニック程の戦闘能力を持っている魔導師や兵士がいた場合は、アルヴィストも全力を出さなければ命の危険がある。
しかしあの筋肉を上回る肉体を持つものはそうそういないと断言できる。今まで魔物討伐で各地を巡ってもあれほどの筋肉はお目にかかっていない。
あの筋肉が異常なのだと、今ならばわかる。だからこそ少し安心もしていた。




