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しょっぱい能力で滅ぼせ異世界  作者: 池金啓太
十八話「進む先に何があろうとも」

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0702:老いたるは重きを知る

「ジスカル、今大丈夫?」


「おぉ殿下、如何されましたかな?」


 アルヴィストは王立学院への引っ越しの準備の最中、一緒に王立学院に向かうジスカル老の下にやってきていた。


「ジスカルも引っ越しの準備が進んでるか確認に来たんだよ。僕はもうすぐ終わるけど、ジスカルは大丈夫?」


「私などすぐに終わりました。研究用の道具がなければ、衣類程度で済むものです。それにあいにくと私にはそこまでそういったものへの頓着はありませんでな」


「一応王立学院の中に来てもらうことだってあるかもなんだから、ちゃんとした服装一着くらい持ってないと浮浪者と間違われるよ?この間だって、城に新しく入った女中に徘徊老人が紛れ込んだ!とか言われてたじゃない」


 この城の中にも新人の従者などは適宜やってくる。厳しい審査や背景の調査などを行われたうえで問題ないと判断されたものがこの城で働くことを許される。


 能力的には優秀ではあるが致命的に足りていないのが城内における人間関係の情報だ。


 その結果、普段着ている衣服を洗濯しているため、肌着にローブを纏っただけの状態で城内を移動していたところ、新人の女中に見つかってしまい、捕まったのだ。


 いや、捕まったというのは正確ではない。いったいどこから来たのかとか、自分の名前はわかるかとか、徘徊している老人の類と間違えられたのだ。


「まさか老齢による呆を患っていると思われるとは……あれは私の不徳の致すところ……あれほどの恥は長い人生の中でも数えられる程度ですなぁ。ほっほっほ」


「笑い事じゃないよ。城の中だったらジスカルを知っている人は山ほどいるからいくらでも止められるけど、王立学院でジスカルを知ってる人なんて数えられる程度でしょ?ちゃんとした服を何枚かは……って僕ジスカルがそのローブ系の服以外着てるの見たことないんだけど?礼服とかは?あるの?」


「はて……殿下の前では着たことはありませんでしたかな……?あぁそうでした。たしか私が宮廷魔導師の任を降りた時に確か箪笥の奥の方へ……えぇと……どこに入れましたかな……?」


「ってことは、僕が生まれるよりも前にしまわれてたってわけね。一度も見たことがないはずだよ……っていうか、仕立て直しとかしなくて大丈夫?穴とか空いてない?」


「体の大きさは変わっておりませんので、問題はないはずですが……おぉあったあった。いやぁ懐かしい。式典などの時にはこれを着ていたものです」


 箪笥の奥の方から取り出されてきたのは現宮廷魔導師が着ているそれに似ている。儀礼用の衣服に、その上から着る魔導師のローブ。それも高級品なのかところどころ刺繍の類がちりばめられている。


 アルヴィストが生まれるよりも前に箪笥の奥の方にしまわれていたのであれば見たことがないのも頷ける。


 自分の師匠が王立学院にやってきたときに浮浪者と間違われて拘束されるような所は見たくはない。探させて正解だったと、アルヴィストは心底安堵していた。


「本当に大丈夫かな……?これ、あとで確認させるよ?ずっと眠ってたってことは虫に食われてたりするだろうし」


「それはあるかもしれませんな。もう十年以上も眠っていたことになります」


「僕よりも長くしまわれてたんだったら、十五年……最悪二十年近く眠ってたことになるからね。見た目よりもボロボロかもね」


「……あぁ……そうか。もうそんなになりますか」


 自分が宮廷魔導師の任を降りてからもうそんなに経つのかと、ジスカル老は目を細める。弟子に宮廷魔導師の任を引き継いだのが昨日のことのように思い出せる。


 もうそんなに経ったのかと思う反面、ここ数年がとにかく目まぐるしく動いていったことを思い出す。


 目の前の王太子。この少年に魔法を教える時間は、ジスカル老にとっては至福の時間でもあった。


「外出用の服はないの?全部普通の服にローブでしょ?」


「外出用……でございますか……いえ私は外出はそこまでしないので、そもそも儀礼用の服以外は……」


「ダメ。服が最低三着はないと何かあった時に対応できないじゃない。それとも同じ服を何度も何度も着まわすつもりだった?」


「それも視野に入れておりましたが」


「お願いだから服何着か持ってて……ちょっと待ってて、誰かの古着貰ってくる。あぁその前に……ジスカル立って。背丈が似てる人にお願いしないといけないから」


「殿下、私めのためにそのようなことをする必要は」


「ジスカル。ジスカルは僕の師匠なんだ。きちんとしてくれないと、僕が恥ずかしいって思うんだよ?皆に自慢させてよ。僕の師匠はすごいんだって」


 アルヴィストの真摯な言葉にジスカル老は目を丸くしていた。


 不意に出てくる相手を説得するための交渉術とでもいうのか、いつの間にかそんなものまで身につけているということに気づいて、ジスカル老はもう自分が教えられることも少なくなってきたことを悟る。


 そして立った時、いつの間にかもう背も抜かされてしまっているということに気づき、少し目を細め、嬉しそうに目頭を熱くさせる。


 少し前までは、自分の言うことが通らないからと憤慨して毎日のようにヴィルクリフ王の部屋に押しかけていたなんて話を聞いた。あれももう数年前だ。


 毎日のように訓練し、姉であるメイレインを打倒したと聞いた。あれももう去年の話だ。


 自分が老いるわけだと、ジスカル老は笑う。少し寂しく、しかしこんなにもたくましく若木が育ってくれていることに暖かな愉悦を感じていた。


「殿下も、大きくなられましたなぁ……いつの間にか、こんなにも……」


「そりゃそうだよ。僕だっていつまでも子供じゃないんだよ?」


 背の大きさを確認するのに合わせて、肩幅や股下などのサイズを確認していくアルヴィストの様子を見て、ジスカル老は目元を押さえる。


 背だけではない。体も鍛え上げられ、腕や足も太く、体は分厚く変化している。少年の顔立ちは今や青年のそれに変わりつつある。


 机の上を覗き込むために背伸びをしていた、椅子に一緒に座ろうとしていたあの頃を知っているジスカル老からすれば、その変化は自然と涙を誘うものだった。


 きっとこれから、もっと逞しくなっていくのだろう。もっともっと成長して、ジスカル老や他の者たちを驚かせてくれるのだろう。


 その驚きを、あとどれくらい味わえるだろうか。きっと、最後までそれを感じることはできない。その確信がある。


「本当に……あぁ、本当にご立派になられた。アルヴィスト殿下」


「ん?どうしたの?」


「いいえ。歳を取ると、涙脆くなっていけません。殿下の成長に、この老いぼれは感無量でございます」


 この王子は、この王太子は父王を超える存在となるだろう。


 自分の最後の弟子が、それほどの才覚を持ち合わせていること。そしてそれを育て上げられるという喜びに、ジスカル老は打ち震えていた。


 王立学院に一緒に付いていく。それだって一種の我儘だ。それを快く受け入れてくれる度量もある。


「殿下。御身を一人前にすることこそ、私めの最後の務めにございます」


 もう何度、この言葉を告げただろう。


 最後の弟子。最後の務め。この国に仕えてきた長い間の終着点。それが目の前にいる王太子だ。


 それが叶うかどうか、間に合うかどうか。それだけがジスカル老の心残りでもあった。


「ん?そうだよ。僕が一人前になって、戴冠するまで、ジスカルには元気なままでいてもらわなきゃ」


「……ほっほっほ。それはまた……まだまだ時間がかかりそうですな」


 もう何度、こんなやり取りをしただろう。何度言ってもこの王太子は聞かないのだ。戴冠するまでは、きっともたないだろうといっても、それでも元気でいてくれと言い続けてくるのだ。


 もはやそれを否定することもしなくなった。それが無理だとわかっていながら、この少年はそれを口にし続けるのだ。


 なんと我儘で、自分勝手で、優しくて、残酷で、そして、どこか父親に似ている。


 あとどれくらい、この少年の師匠でいられるだろうか。あとどれくらい、この少年に魔法を教えられるだろうか。あとどれくらい、この少年に助言ができるだろうか。あとどれくらい、この少年の成長に驚けるだろうか。


 刻一刻と迫る自らの限界を感じながら、ジスカル老は目元を押さえる。


 長い魔導師としての人生における最後の弟子。この少年が一人前になるところを見るまでは死ねない。ジスカル老は自らの体に鞭を打つように活を入れていく。


「殿下、お恥ずかしながら、私めは衣服というものにあまり頓着がございません」


「うん知ってる。ジスカルそういうの疎いもんね」


「なので、いくつか見繕ってもらおうと思います。少々準備するお時間をいただけますでしょうか?」


「うん。大丈夫。間に合わなかったら向こうの街で買ったっていいんだから。向こうにはリカルドだっているし」


 非常勤講師として学院に勤めているリカルドの力を借りるのもいい。正式な講師としてもう一人の弟子もいる。


 であれば、ジスカル老の力になってくれるものは他にもいるだろう。


「よし、こんなものかな。それじゃ頼んでくるよ。服の趣味に関しては文句言わないでよ?僕だってそこまでいいわけじゃないから」


「ありがとうございます殿下。あぁ、そうだ殿下。一つよろしいですかな?」


「ん?どうしたの?」


「なに大したことではございません。最近肌寒くありますので、暖かい服をお願いしたいのです」


「わかった。伝えておくよ。っていうか、そういうことはちゃんと言わないと。隙間風とかあるかもしれないんだから。何でもかんでも魔法で片づけすぎだよ」


「これはこれは。耳の痛い話です。改めると致しましょう」


 魔法で何でもできるのならそれが一番いい。そのように考えているしそれが間違いだとも思わない。


 しかし、自分が育てた弟子にこのように小言を言われるのも悪くない。ジスカル老はそのように感じていた。


 アルヴィストが部屋から出て行ったのを確認してから、ジスカル老は小さく息をつきながら椅子に座り、体の節々から伝わる鈍い痛みを耐えていた。


 あと数年ならばもつ。もたせてみせる。


 薄暗い部屋の中、ジスカル老は魔力を使ってあたりに光を作り出していく。


 この部屋でアルヴィストに数々の魔法を教えたのが昨日のことのように思い出せる。


 もう、何度この思い出に浸っただろうか。


「ふふ……本当に……ご立派になられた……!」


 記憶の中の幼い少年はもういない。それが寂しいと同時に嬉しい。


 歳をとるのも悪いことばかりではない。ジスカル老は心の底からそう思っていた。


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