0685:報酬の与え方
「……これまで、本当にありがとうございました。殿下や、皆さんがいらっしゃらなかったら、私はここまで強くはなれなかったと思います」
翌日。訓練場でシータは兵士の皆に集まってもらい、最後の挨拶をしていた。
アルヴィストがヴィルクリフ王から賜った言葉をすべて伝えた後で、シータは皆に、数日後にここを発つと伝えたのだ。
その言葉が紡がれ始めた時、何人かの兵士は涙ぐんでいた。
アルヴィストと同い年の少女。故郷を滅ぼされ、健気にも故郷の再興を願い、自ら力をつけて故郷に戻ることを決めた彼女は、兵士たちにとっても教え子であり仲間であったのだ。
この場にいる兵士のほとんどが彼女に技を教え、鍛え、ともに競ってきた。彼女との別れを悲しまないものはこの場にはいなかった。
「本当に……本当に……皆さん……ありがとう、ございました……!」
深々と頭を下げるシータの目から、自然と涙がこぼれ落ちる。訓練場を濡らす涙を見た時、何人かの兵士も目元を押さえてしまっていた。
自分たちが鍛えたといっても過言ではない少女の門出だ。涙を見せるわけにはいかないと、兵士の何人かはこぼれそうになる涙を必死にこらえていた。
「時にミーザ嬢、いつ頃、出立なされるおつもりですか?」
ニックの言葉に、多くの兵士たちの視線がシータに向かう。
ヴィルクリフ王の言葉は確かに伝えた。メイレインが帰ってくるまでの間、この城で休みを取ってもよいと、王直々に許可されたのだ。
しかし彼女の決意は固かった。
「十日後、発ちます。それまでは、いろいろと準備を進めようかと思います。移動経路の検討や、食糧の確保もしなければいけませんし……装備だって、このままこれらを使わせていただくわけにはいきませんから」
今シータが使っている装備は兵士のそれと似通っているが、女性用に修正を施した特注品だ。
この国の兵士が使っている装備に外見は非常に似通っているために、このままこの装備を使うことに関しては憚られるのも理解できる。
「であれば、ミーザ嬢の装備を用意しなければなりませんな。剣もボロボロでしょうし」
「馬も必要でしょう。流石にヒルデ協議国までの道を徒歩というわけには……」
「鎧やそれ以外の装備も見直しをしないとな。身長も伸びているだろうから、しっかりと採寸して作り直さないと」
「え?あ、あの……皆さん……?」
「よし、じゃあみんな、明日からそれぞれ手分けしてシータの装備と準備を整える手助けを頼むよ。その間に僕らはシータと旅の行程を考えていくから」
「殿下、装備関係はどの程度のものにしますか?」
「僕の歳費から落とすから、何でも買っていいよ。と言いたいところだけど、なるべく軽く、たくさん持っていけるようなものに限定してね。ものすごく長い距離を移動するからね。質のいいものにはこだわっていいから」
「うひょう!金の心配はしなくていいってわけだ」
「それぞれ一つくらいなら自分のものを買ってもいいよ。ただしばれないよう上手くやってよね」
「おぉおお!さすが殿下!太っ腹だぜ!」
「さすが殿下!一生ついていきますよ!」
「あ、あの殿下!さすがにそのようなことは」
いつの間にか自分の装備を買ってくれるなどという話になっていることにシータは動揺を隠せない。
先ほど流れ落ちていた涙も引っ込んで、完全に狼狽してしまっていた。
「シータ、これまでずっと僕らと一緒に戦ってきてくれたんだ。これは正当な報酬だよ。受け取ってほしい」
「し、しかし……」
「もしシータが受け取ってくれなかったら、僕は皆への報奨金を渡せないんだよね。皆もそんなの嫌だよね!?」
「当り前じゃないですか!報奨金もらえないなんてごめんですよ!」
「金!金!金!」
「こちとら金のために兵士やってるんだぜ!?」
「なんかものすごく聞き流したい言葉があったけどこの際聞こえなかったことにするよ。そういうわけだから、シータはちゃんと受け取ること。いいね?」
「し……しかし……」
「……僕らができることはここまでなんだ。君がこれから向かう先に僕らはついていくことができない。これくらいはさせてほしいな」
叶うならシータと共に行きたいという気持ちがないわけではない。
西の方に向かえばきっとバタル王子とも合流できるだろう。各国の問題を直接目にすることができれば学べるものは多いはず。
しかしアルヴィストの立場がそれを許さない。王太子という身分を持つものがそう易々と他国に向かうことはできないのだ。
「みんなもさ、シータに何かしてあげたいんだよ。ね?お願い」
お願いされてしまっては断ることなどできはしない。
実際、大陸を横断するような道において何の装備もない状態で向かうのと潤沢な状態で向かうのとでは雲泥の差だ。
一度逆のルートではあるがその道を通った彼女はそれをよく知っている。往路はバタル王子のおかげで問題なく横断できたが、復路は自分の足で向かわなければいけないのだ。
彼女にとって、この提案は心の底からありがたいことでもあった。
「殿下、一つよろしいでしょうか?」
ノイルーガが盛り上がる兵士たちを尻目にアルヴィストを呼び出す。
「ミーザ嬢への装備の件ですが、ジスカル様にご協力願えないでしょうか?殿下が装備している品のように、魔道具となれば、より一層心強いものがあるでしょう」
「なるほど、確かに頼んでみる価値はあるけど……シータが出ていくまでに間に合うかな……?」
魔道具がいったいどれほどで作れるのかアルヴィストはよく知らない。ジスカル老ほどの魔導師であれば手早く作ることもできるかもしれない。
「わかった。僕の方で頼んでみるよ。ノイルたちはシータの装備一式、頼める?」
「お任せください。特に、私の方で実は用意していたものがありまして……そちらに関しては、一級品であることを保証いたします」
「なんと、自分だけそんな特別なものを用意しているとは、ノイルーガ殿も人が悪い」
話に割って入ってきたのはニックだった。相変わらずの筋肉の強調に、もはや口をはさむものは誰もいない。
「なぁに、知り合いの鍛冶師にいろいろと頼んでいただけの話だ。ニック殿も、似たようなことをされていたのでは?」
「え?そうなの?」
「んんん……まぁ当たらずも遠からずといったところですな。まだ完璧に準備を終えていないので、皆が渡すときに合わせて渡しましょう」
ニックも何やら準備をしていたという事実にアルヴィストは愕然とする。
何か送りたいと思っても、アルヴィストから用意できるのは伝手くらいのものだ。
何も準備をしていなかった、そこまで考えが及ばなかったことに少しだけ肩を落としてしまう。
「みんないろいろと考えてたんだね。僕、何も準備できてないや」
「何をおっしゃいます。殿下は既に多くのものをミーザ嬢に与えたではありませんか」
「その通り。教育、筋肉、居場所。これらは何物にも代えがたい」
「それでもさ、別れの時には何か贈りたいじゃない。僕だけ何もないっていうのはさ……ちょっと寂しいよ」
実際はアルヴィストの歳費からいろいろと与えているのだから何も与えていないということはない。
しかし自分で考えて、自分で計画して与えていないということが少し印象を変えてしまうのである。
「殿下がそのようにお考えなら止めはしませんが……そうですな……あぁ、では書状をお預けになるのはいかがでしょう?」
「書状?」
「はい。アルヴィスト殿下が、イルス王国の王太子がミーザ嬢を個人的に応援する。そのような書状を持たせれば、国内においてはミーザ嬢の安全は保障されるというもの。国境を越える際も、伯父上……ジュニラック卿が力を貸して下さるでしょう」
国境を越えるというのは口で言うほど簡単なことではない。根回しが必要だし、そのためには領主の協力は必要不可欠だ。
ここでアルヴィストが書状を書いてシータに渡すというのは、国内における彼女の動きやすさを助けるという意味では最高の贈り物かもしれない。
「なるほど、それいいね。そうしよう!正式な書状作ってシータに渡すようにするよ。権力を良い感じに使ってるようでちょっと気が引けるけど」
「何をおっしゃられますか。殿下の権力はこの国でも頂点に近いのです。その力を使うことに何をためらうことがありましょうか。力とは使うためのもの。筋肉もまた同じ。使い方を誤らなければいいだけの話です」
「それじゃあジスカルにお願いしに行って、その後で書状を書いておくことにするよ。よかった、これで僕も安心して送り出せる」
安心して、といったが実際に安心できるはずもない。
彼女がこれから向かおうとしているのはこの世界で最も混乱している場所なのだ。
国が一つ滅び、難民で溢れかえるエカンダ皇国。
そこから届いてくる情報は日を増すごとに、月を越えるごとに酷いものになっていた。
特にエカンダ皇国の西部は、半ば政治的な統治が不可能なレベルに陥っていると聞く。
当該地区の領主が逃げ出し、兵士たちも難民たちを抑え込むことができずに無政府状態になっているというのだ。
そのせいで国境の守りは完全に崩壊した。
なぜそうなったのか。
答えはアルヴィストのもとには届いていない。何が起きたのかもわからない状態で結果だけは届く。
それもほとんどが悪いニュースばかり。良い知らせなどほとんど聞けていない。
そんな中に共に過ごしたシータを送り出そうというのだ。
本当なら止めたい。この国にいればいいと何度言ったことか。
しかし彼女は止まらないのだ。他ならぬ彼女自身が決めたことだからこそ、誰が何を言おうと止まることはないだろう。
せめて、西の正確な情報がつかめればよいのだが、その情報も数カ月遅れのものとなってしまっている。
現状を知る術があまりにも少ない。否、存在しない。
周りもそれを分かっている。アルヴィストの近くにいれば自然と耳に入ってしまう情報なのだ。
このように騒いでいるのも、不安をかき消そうとしているが故なのだろう。




