0682:王女が城に戻る
「メイレイン殿下!ご卒業おめでとうございます!」
「おめでとうございます殿下!おかえりなさい!」
イルス王国の王城。メイレインは学院を卒業して、この場所に戻ってきていた。その傍らには護衛役としてポロンとテルンの姿もある。彼らもまた学院を卒業し、護衛としての最後の務めを果たすためにこの場にやってきた。
メイレインを迎えるために多くの使用人や兵士たちが彼女の乗る馬車にやってきている。
満面の笑みで迎える彼らに対し、馬車から降りるメイレインの笑顔は静かだ。太陽のような笑顔はそこにはなく、穏やかで優し気な笑みがそこにあるだけだった。
身長も伸び、すらりと伸びた手足にシンプルでありながら優雅な装飾の施された衣服を身に着けた彼女の腰には、細い剣は携えられていない。彼女の剣は今、テルンが預かっている状態だった。
集まってきた城内の人間に対して柔和な表情を浮かべるメイレインを見て、テルンが嫌そうな顔をして、ポロンが複雑な表情をしているのはいつものことだ。
「ありがとう。またここで暮らすことになるわ。皆、また世話をかけることになりますが、よろしくお願いします」
本来であれば王族として使用人や兵士にこのような言葉遣いはしないものだ。しかしメイレインにとっての女性の王族の見本となっている母がこのような態度をとっていた。彼女は母に倣い、王女としての務めを果たそうとしている。
子供が大人になっている。あのやんちゃな娘がこれほど立派になった。
メイレインを昔から見ていた、昔ながらの使用人たちは涙すら浮かべていた。兵士もまた、人によっては涙を浮かべているが、使用人のそれとは少し意味が違う。
その意味は、彼らにしかわからないものなのだ。
城の方からアルヴィストがやってくると、使用人や兵士たちは自然と道を作り、姉弟の再会を邪魔しないようにしていた。
「姉上、この度はご卒業、おめでとうございます」
「ありがとう。アルヴィスト。これからは、貴方が学院に行くことになるわ。準備はできているかしら?」
「はい。滞りなく。数日後に出立する予定です」
年齢の関係上メイレインと入れ替わりになる形で、アルヴィストは王立学院に入学することになる。
最も王族という立場から在学期間はかなり変化があるだろう。国内の将来の貴族とのパイプを作ることと、国外あるいは国内における公務とを比較して後者の方が重要性を増せば、すぐに卒業させられることもあるやもしれない。
それ程に、今の世の中は大きく乱れつつある。しかし、それは今の状態ではわからないことだった。
「であれば、少しだけ話ができますね。その間に、王立学院の知識などを教えましょう。後ほど、時間を作ってくれますか?」
「はい。こちらからお願いしたいほどです」
こうして姉弟として話している姿を見て、ただ成長に感動していた使用人たちも、違和感に気づいたことだろう。
あまりにも、よそよそしいのだ。
かつてのメイレインだったら、アルヴィストに抱き着いたり、もっと気安い言葉で話したり、冗談の一つでも言っていたはずだ。
だというのに、それらが一切ない。血の通った姉弟だというのに、あれほど仲が良かったというのに、まるで他人のような口ぶりになってしまっている。
そんな変化がいたたまれなかったのか、使用人の一人が一歩前に出ていた。
「りょ、両殿下、ひ、ひとまず、お荷物をお預かりいたします。お部屋までお運びいたしますので」
「えぇ、よろしくお願いします。あぁそうだ、テルン。その剣も、彼女たちに預けてくれるかしら?」
「……いいのか?」
「えぇ。お願い」
自分があれほど大事にしていた剣を、護衛役でもなくただの使用人に預け、自分の部屋に運ばせる。
自分が剣を持つことはもうないということを強く意識するためなのだろう。テルンはぶっきらぼうに返事をすると、しっかりと両手で使用人に剣を預けた。
「王女殿下の剣だ。丁重に扱ってくれ」
「畏まりました。それではお運びいたします」
子供のころからメイレインは剣を振り回していた。これはとても大事なものだと理解したのだろう。
しかし見るものが見れば、それは一種の決別を意味した行為のように思えた。
子供が大人になっておもちゃを置くような、大事にしまっておくような、そんな光景が重なって見える。
「アルヴィスト、その後魔物の討伐部隊はどうなのですか?」
「はい。やはり魔物は増加傾向にあるようです。近郊の魔物は退治していますが、未だ減少している様子は見られません」
「それも大事ですが、あなたたちは怪我をしていませんか?負傷者は?」
「……この通り無事ですよ。五日前に戻った時は少々疲れていましたが、ゆっくりと休めました。何も問題はありません」
何も問題はない、といえば少々嘘になる。問題は多い。何せ魔物の数があまりにも増えているのだ。
大型ではない、小型から中型の魔物。中型犬程度のサイズの魔物が増え、対応に追われているのが現状だ。




