0680:きれいすぎるまち
和平たちは翌日、早々にフィラツクの街を出るとアルルゴウンに向かっていた。
一見すると今までと何も変わらない。だがクーランはその気配を誰よりも強くに感じ取っていた。
「以前に来た時よりも監視が多いですね。この数は尋常ではありません」
「え?俺らそんなに見られてる?」
「いいえ、我々にだけというより、この街の人間ではないもの全てに注意を払っていると言うべきでしょうか……警戒するにもほどがあるという印象ですね」
「おうおう、これからなんかありますって言ってるようなもんだな。ってことは、この街の人間はこれから来る人間のことをご存じってこと?」
「恐らくは。以前我々が通った時とは比べ物にならない量の監視網です」
「ぶっちゃけどれくらいの数?当社比何倍?」
「…………八倍から十倍くらいでしょうか」
「わぉ、十倍はやばいな。随分とピリピリしている御様子」
自分の領地に次代の王がやってくるとなればそれは気を張るというのもわかる。しかし以前来た時の十倍というのはいささかやりすぎなような気がしなくもない。
「むしろ当然じゃろう。王子が来るとなれば街をあげての歓待が行われても不思議はないのじゃ。それを考えれば十倍という数はむしろ慎ましやかなものじゃろう」
「そういうもんなのか?確かに国のトップが動くってなったらすごいことになりそうだけど……」
「到着までにこの街をきれいにしておくという意味でも、この監視は必要ということじゃろうな。どうせ相手をするならば、より良い印象を与えておきたいというのが人情というものじゃろうよ」
「そういうものか?実情に合った印象を与えておいた方がいいんじゃね?変に着飾ってもいいことないと思うんだけど」
道端のごみを徹底的に片づけている神官や住民たちを見て和平は目を細める。
偉い人間が来るから掃除する。なんというかどこの世界でも人間がやることというのはあまり変わらないのだろう。
綺麗なものを見てほしいというよりも、自分たちの印象を上げて待遇を良くしたいという魂胆が透けて見える。
これならばまだ農村の土埃に塗れた民家の方が見どころがある。
「しかしこれだけの監視がいると、本当に満足な行動はとれないでしょうね……若様、如何しますか?」
「虫は動かしてるけど、この調子だと普通の人間に退治されそうなんだよなぁ……ゴミ扱いされそう」
「はっはっは。主殿の手駒たちも大掃除の最中ではうまく動かすことができんか。これは面白い」
「綺麗好きな人間っていうのが天敵だとは思ってなかったよ。せめて虫を主食にする動物とかの方がよかった。こんな人間のエゴにやられるなんて、なんて哀れでかわいそうなんだ虫たち」
和平が操る虫たちもまた、清掃と称して退治されてしまう。こんな状態では索敵用の虫たちを操ることもままならない。
なんというか、ここまで徹底しているとある種の気持ち悪ささえも感じてしまう。
徐々に清掃が完了した区画に向かうにつれ、人間が自然に出すような汚れのようなものさえもなくなっていくのだ。
潔癖症の人間でもいるのではないかと思えるほど徹底された空間。あまりに清潔すぎる空間というのは強烈な違和感を植え付けていく。
「これほど綺麗だと、かえってほかの汚れが目立ちますね。だからこそ徹底していると言うべきですか」
「綺麗すぎるのも考え物だな。だからこそ、汚らしい妙な連中はこの街じゃ目立つってわけか」
以前来た時もこの街は他と比べ綺麗な方だったが、今はそれ以上だ。
道や建物だけではなく、そこにいる人々までもが清潔な衣服に身を包んでいる。農村などではありえないような光景だ。
だからこそというべきだろう、街の外から来た人間がかなり目立つ。外部の人間をこれほどわかりやすく割り出す方法も珍しい。何せこれだけの清掃する労力に対して得られる効果が限定的過ぎる。
「若様、これからどうしますか?」
「ひとまず宿を取ろう。連中の到着は……どれくらいだ?」
「あの速度から察するに、明日になるじゃろうな。今日はゆっくりできるじゃろうよ」
「なら休んで、この監視をどうにかすることを考えるか?皇国の方の様子も見たいけど……まぁ、あっちの方はリリーに任せてるから何とかなるか」
せっかく国境近くまで来たのだから皇国の方の情報も確認しておきたいところだが、そこは信頼できる部下に任せている。
あえて何もしないというのも上司に必要な心遣いというものだ。
「のう主殿、儂はもう戻ってもいいかの?これ以上一緒にいても力になれなさそうなんじゃが?」
「そういうなよ、せっかく来たんだ。サナトラを村の方に置いてきたからツッコミ役が必要なんだよ」
「儂をなんだと思っておるんじゃまったく」
この世界の常識的な部分を聞くことができるという意味でユニステラは非常に重要だ。少なくともイルス王国の内情に一番詳しいのは彼女なのだ。しばらくは一緒にいてほしいものである。




