0021:師への報告会
「以上が、本日の流れになります」
「うむ。急に指示を出して悪かったな」
「いいえ。両殿下に随伴できたことは私にとっても幸運でありました。まぁ、子供の相手というのも大変だということも知れましたし、得るものは多かったと思います」
薄暗い部屋の中、リカルドは師であるジスカル老へ今日の大まかな流れを報告していた。
今後外に出る際は最低でもジスカル老へ一言告げるという約束をしたということや、露店をめぐって買い食いをしたこと。そして教会に足を運んで司教と話をしたこと。市場を巡ったことなど、はっきり言って他愛のないことばかりだ。
リカルドにとって得られるものがあったかと聞かれれば、恐らくは否だろう。ただ、二人の王族に名前を憶えられたというのは、ある意味大きな一歩を踏み出したといってもいい。
ジスカル老の数多いる弟子の中で、王族に名を覚えられているものなどほとんどいない。子供とはいえ名を覚えられたというのは大きな一歩だ。
「教会に行くのはまぁ、想定内だったとはいえ、司教に話を聞きに行くとは……身分は明かさなかったな?」
「はい。司教様もそのあたりを察してくださったのだと思われます。お二人の素性は一切問われませんでした」
「あの司教はメイレイン殿下の顔も知っていよう。それでも、二人が連れられてきたというあたりから、知らぬ存ぜぬとした方が良いと判断したのだろうな。相変わらず敏い奴よ。だが、次からは気を付けよ。どこに間抜けの目があるかもわからん」
「間抜け……とは?」
「両殿下を火種に良からぬことを考える輩よ。そのようなものがいたとしても、我らが支えとなり盾となればよいが、あの二人はまだ幼い。あのような歳の頃からその心に闇を植え付ける必要もあるまい」
仮に面倒ごとを起こそうとしたものがいたとしても、ジスカル老やその周りの権力者たちがもみ消してしまえばいいだけの話だ。彼らにはそれだけの力があるし、それだけのコネもある。
王族の味方に数多の魔導士がついているにもかかわらず火種を手に入れようとするからこそ、ジスカル老は間抜けと称したのだ。
幼子であるアルヴィストと接している穏やかな表情とは全く異なる、鋭い眼を薄暗闇の中で輝かせるその老人に、リカルドは僅かに身震いしていた。
かつてイルス国にその人ありと言われた魔導士。老いてなおその胆力は変わることはない。恐ろしい人物だと思いながら、そんな人物が自分の師匠であることがリカルドは誇らしかった。
「して、アルヴィスト殿下は司祭に何を聞いたのか?」
「主に女神のことを気にかけている様子でした。女神がどのような存在であるのかと」
「……女神教か……まぁ不思議でもあるまい。女神教の話はしたことがあるが、細かくは話したことはなかった。しかし、教典やありようではなく、女神のことか……」
「師は、女神教に関しては、どのようにお考えなのですか?」
「どのように……と言われてもな。他の宗教との比較でものが言える程度のものよ。あいにくと宗教よりも魔法の研究に勤しんでおったからな。お前とて同じだろう」
「はい。お恥ずかしながら……」
「恥ずかしいなどということはない。人のありようにケチなどつけられるものか。ただ、そうか……女神教に興味があるか……」
隣で話を聞いていたリカルドからすれば、女神教に興味があるかというところよりも、女神そのものの方に興味があるように感じられた。
どのような意図があってのことかはわからないが女神という存在が気になっていたようだった。あの幼い子供が、女神という存在に憧れるというのは、別におかしな話ではないのかもしれない。
ただ、あの瞳の奥にあったのは、ただの憧れではないようにも感じられた。
「…………なにを感じた?」
心を読んだかのようなタイミングの質問に、リカルドは僅かに身を強張らせる。
「……不敬であるかどうかなど問わん。リカルド、お前は、アルヴィスト殿下に何を感じた?正直に答えてみよ」
真っすぐに向けられた問いに、リカルドはどのような答えを出すべきか迷っていた。単純に、あの幼子を測りかねていたからだ。
敏い一面があるかと思えば、子供のような一面も持っている。奥底にある、底知れないものを、リカルドは感じていた。
「幼子ではあると思います。ですが、同時に……何というのか……幼子ではありえない、何かを感じました」
「何か、とはなんだ?」
「わかりません。一番それを感じたのは、司教様と話をしている時です。女神に会えるかと聞いていた時、そして、聞いてみたいことがあると仰っていた時」
「……聞いてみたい事?」
「はい。そうだ、王太子殿下はこのように仰っていました。『前に言っていた言葉が、どういう意味なのか、教えてほしい』と」
「前に……?どういう意味か……?」
直接聞いていたリカルドにもどのような意味を持っているのかわからない問いかけだった。
それをまた聞きしているジスカル老もまた同様だ
だが、その瞳の奥に僅かに光るものがある。思い当たる事柄がある。記憶の片隅だ。かつての友が言っていたことだ。きっかけがなければ思い出すこともできなくなるようなそんな大昔の話だ。
女神の神託を得たとのたまうその酒飲みの友人。もうこの世にはいないかつての友のことを思い出し、ジスカルは眉をひそめた。
「アルヴィスト殿下は、女神に問いただしたいことがあると、以前に何かを告げられていて……その意味を、真意を聞きたいと……そういうことか」
「私には分りかねます。ですが、あの時の殿下は幼さの中に確かな知性を感じさせていました。私が殿下ほどの歳の頃に、あのように考えられたかどうか……」
アルヴィストの理知的な部分はジスカル老も何度も感じていた。魔法に関する授業をしている時も、知識だけでも得ようという意欲が感じられる。
本当に魔法を学ぶことが楽しいのか、時として本当の弟子でさえもできないような疑問をぶつけてくることがある。
それほどの知性をあの幼さで既に有している。才児であるのは間違いないと確信しつつ、同時にどこか不思議な力のようなものをジスカル老は感じていた。
魔法的なものなのか、あるいはそれ以外のものなのか、対峙して話をしている際に時折感じる圧とでもいうべきものだ。存在感と言い換えてもいい。
何故か目を離せなくなるような、ずっと見ていたくなるような、不思議な感覚。
長く生きてきた中で、そんな風に感じたことは一度だってなかった。ジスカル老もまた、アルヴィストのことを測りかねているのである。
「女神の神託を受けたか……あるいは、子供じみた夢の話か。どちらもあり得るからこそ、迷うところだな」
「ですが……女神の神託など……狂信者の世迷言では?」
「お前は神を信じていないからこそそう言える。魔法の源たる魔力の由来は?」
「……この、世界に古より存在している、純粋にして変質する力の泉」
「そうだ。我らでは到達することはおろか、見ることすら叶わない。だが我らは常にその力を感じていよう。その力の根源が、力の泉が、神ではないなどと誰が言える?」
「それは……」
「覚えておくのだ我が弟子よ。我々魔導士は、疑い、迷い、そして探し求めるが故に力を高める。だが同時に、信じ、委ね、身を任せるが故に力を高めるものも、またいるのだ。その両者は決して矛盾せず、交わることがない故に、どちらも正しくなく、同時に間違いではないのだ。力のあり方は一つではない。忘れるな。我らの道程も、数多の行き先の一つでしかないのだ」
師としての教えの言葉に、リカルドは真摯に耳を傾けていた。
未熟である自分を諭すための言葉でもあり、それがまた魔導士として一歩先に行くための金言であると、リカルドは確信していた。
「故にリカルドよ、魔導士たるのであれば、常に考えよ。自らの知見を疑え。自らが向かう先に迷え。自らが出すべき答えを探し求めよ。答えは一つではない。お前だけの答えがあろう。それが見つからぬものだとしても、求め続けよ」
「……はい。ありがとうございます」
深々と頭を下げたリカルドを見て、ジスカルは満足そうにしてからすぐに『しまった』という顔をする。
「……話が逸れた……いかんな。アルヴィスト殿下に魔法の授業をすることが多いからか、つい別の話をしてしまう。ともかく、神を信じるものにもまた、我らと同じく特別な力を感じ取るものはいる。我ら魔導士とは違う、そういう力があることをお前も知っていよう」
「はい。お恥ずかしながら、私は詳しくは存じ上げませんが、高位の神官や才あるものは、特殊な力を得ると……」
それは魔法を極めることにすべてを注ぐ魔導士であれば知るものは多い。奇跡あるいは神通力などと呼ばれる力だ。
リカルドは魔導士であるが故に、その筋の力を知識としては知っていても、細かい内容や理屈までは理解できていなかった。
「その力が、神から得ているものである可能性を我らは否定できん。アルヴィスト殿下は、似たような……何かしらの加護を得ているかもしれぬ」
「女神の加護?」
「加護と言ったが、それも正しいかはわからん。寵愛というべきか、あるいは試練というべきか。どちらにせよ、アルヴィスト殿下には何かしらの……そう……力があるのは間違いなかろう」
それはジスカル老とリカルド、二人の魔導士が感じたことでもあった。底知れない何か。理解できない何か。
「なにか……とは?」
「さてな……私に高位の神官との知人でもいれば、引き合わせてみるのも良いかと思ったが……このような偏屈な老人にはそのような者はおらんでな……」
「しばらくは、様子見でしょうか」
「うむ。だが少なくとも、悪いものではないとは思う。警戒の必要はないとは思うが……教会への接触の仕方だけは気を付けねばならん」
「承知しました。ところで、この事は陛下にお伝えするのでしょうか……?」
ヴィルクリフ王に伝えるかどうか。そのことについては少々迷うところではあった。
とはいえ、まだ判別もできていない状況で余計な心労をかけるのもよくはない。もう少し詳細が判明してから伝えてもいいだろうとジスカル老は判断してゆっくりと首を横に振る。
「外に出ているということに関しては伝えても良いだろう。既にそのことは報告させておる。だが、女神に関してはまだ伝える必要はないだろう。子供の夢の話なのか、神託を受けたが故の話なのかは、まだ何とも言えん」
「承知しました。今後も両殿下が外に出る場合は、私がおそばに控えたほうが良いでしょうか?」
「何人かに、同様に殿下の様子を確認させたい。我らと同様のことを感じることができるかどうか……確認する必要がある」
自分たちが感じたその感覚を他の魔導士もまた感じることができるかどうか。その確認は早い段階で済ませたいところだった。




