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青色メビウスメイズ  作者: 紀之貫
1年 1学期
16/100

第16話 外堀の同盟

 放課後になっても、継森君は結局戻ってこなかった。

 おそらく、保健室で寝ているのだと思う。それ以外の何かで事が進展を見せているのであれば、先生方も動きがあって……継森君のカバンなりなんなりを回収するはず。

 そうなっていないのだから、頃合いを見計らって保健の先生が彼を起こし、一度教室に戻って下校――というのが、一番有りそうな流れだと思う。


 たぶん、深刻なものではなかった。そう予想はつくとはいえ、それでも学級委員としては心配だった。

 私も彼を狙うひとりでしかないのは重々承知だけど……それ以前に、やっぱり同じクラスメイトだから。

 そうは言っても、彼の様子を見に行こうというのは気が引ける。

 これをいい機会と捉えて近づこうとしている……とは思われたくないし、彼がそう思っていなかったとしても、弱っているところにつけこみたくない。

 そういう、さもしくてコスいことはせず、彼と普通に仲良くなって、私の魅力に気づかせたい。


 彼のことを心配に思う気持ちと、今は適切な距離を保っておきたいという考え。

 両者の板挟みにある私は、折衷案を打つことにした。


「相川君」


 帰り支度をしている彼の元に近づき声をかける。周囲には仲の良さそうな男子が数人。


「どうかしたか?」


「いえ、この後時間があるなら、少しお茶でもどうでしょう?」


 思えば、男子にこういうお誘いをするのは初めてだけど……対して緊張していない自分がいる。

 いま演じているキャラを踏まえるなら、もう少し緊張と恥じらいを見せておくべきだったのかも。

 今更なことを考える私の横では、クラスメイト達が「へえ~」と興味ありそうに視線を向けて来る。


「いわゆるデヱトってやつですかい?」


 こういう学校だけど、こういう男子もいて……そんな事実に、むしろ安心感を覚える。

……というか、こういう男の子たちも一緒なら、ちょうどいいんじゃないかしら。継森くんの味方でしょうし。


「よろしければ、みなさんもご一緒にどうでしょう?」


「は?」


 これは予想外の申し出だったらしく、男の子たちが固まっている。


「デートというより、ハーレムですかしら?」


――と、調子に乗って余計なことまで言っちゃった。この方が早く仲良くなれるかとは思うのだけど。

 実際、相川君は「じゃ、そうするか」と楽しそうに応じてくれた。


 男子数人に、自分で言うのもアレだけど紅一点。そんなグループで向かったのは、駅前のハンバーガー屋だった。

 ただ、店の前で思い出したように、私たちの高校らしい慣用句が飛んでくる。「食べられないものってあるか?」と。

 お家の戒律でジャンクフードや、買い食い・間食自体を禁じられている子も、私たちの学校では決して珍しくはない。


「私は大丈夫です」


「へえ、意外。普通のウチ?」


 問われて少し悩む。入学は受験を通じてのものだったけど、金を積んで入ることはできる、そういう財力はある。ただ……


「普通と言うには富裕な家庭だと思いますが……そんなに金持ち然とした家庭ではないと思います」


「ふ~ん」


 だから私は、放課後に男の子たちとテーブルを囲み、フライドポテトにチーズをディップさせてつまんでる。

 たま~に、こういう不健康な食事をするのが、何ていうか魔力があるっていうか……


「実際、お父さんもお母さんも、こういうファストフードは割りと好きで……ただ、私が生まれてからは控えるようになったそうです」


「あるある。いきなり芸術に関心持ったり」


 しばし、それぞれの家庭について、ポテトをつまみながら話が盛り上がり……ふと思い出した。

 別に私は、男の子たちとあるあるトークで仲良くしに、ここへ来たわけではなくて。

 話の切れ目に、私は軽く咳払いした。「そろそろ本題を」と切り出すと、「わりーわりー」と男の子たちがこちらへ視線を向けて来る。


「継森君の事ですけど、実は体が弱いとか、そういう話は?」


 問いかけるも、男の子たちは互いに顔を見合わせ、首を横に振った。

「そういう話は聞いてないな」と相川君。続いて「むしろ、細マッチョ的な感じはあるよな」との声も。


「なんか、野球がうまくてさ。こないだバッティングセンター行ったんだけど、あいつが一番だった」


 へぇ……意外。


「腹筋がうっすら割れてた」


 へぇ、それも意外……

 っていうか、見たの?


 ともあれ、みんなも決して体力不足というわけではないんだけど、彼らから見ても継森君は「中々ヤル奴」という印象のよう。

 だからこそ、今日の一件が際立ってくる。自然と真面目なムードになった中、相川君が口を開いた。


「昼食を一緒に取ることが多いんだけど、運動してそうな割には、あまり食べないな。帰ってからたくさん取ってる感じもないし、日頃から少し足りてないのかもな」


「そうでしたか……」


 実のところ、私は他の原因、あるいは食が細そうに見えることの真因について、思い当たるものがある。私以上にあの継森君と仲が良さそうなみんなも、薄々感づいているのではないかと思う。

 つまるところ、ストレス。特に、女性関係の。


 炭酸が抜けつつあるジンジャーエールに手を伸ばし、口へと含んでいく。ふとした会話の跡切れが、徐々に重みを増してのしかかる。

 あまり直接的なことは言いたくないけど、言わないのは責任逃れのようにも思う。

 なにしろ、私が誘った場なのだから。

 言葉には気を付けつつ、私は再び口を開いた。「あまり大声で言える話ではないですが」と切り出すと、みんなも真剣な目をこちらへ向けてくる。


「継森君の様子が気になるのは正直なところですが、直接私が見に行けば、かえって迷惑になるのではないかとも思っています」


「言いたいことはわかる」


 私以上にあの彼と仲がいいみんなは、私の言葉から色々と汲み取ってくれた。

「気兼ねしない相手も居そうだけどさ」と新田君。次いで、「隣の月島さんとか?」という指摘も。

 実際、月島さんは普通の同級生という感じで、あの子が継森君の隣で良かったと改めて思う。

 ただ……もう少し女の子の味方がいても、とも思うのよね。


 問題は、彼の方からそういう味方を増やすのは難しいのかもということと、味方になろうという申し出を、彼が額面通りに受け入れられるだろうかということ。

 なんというか、行為者が違うマッチポンプのように捉えられかねない。

 私の懸念は、みんなも認めるところだった。


「――というわけで、彼には気づかれない形で、何かしらの手助けができればと思ってます」


「なるほどねえ」


「藤原さん、優しいな」


 本当のことを言うと、継森君に対しては打算アリアリなんだけど……

 それはそれとして、彼にも楽しい学校生活を送ってほしくはあるのよ。

 だって、同じクラスだし。私は学級委員だし。

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