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上洛

 浅井家を屈服させると、武田家は近江の大部分を領有するに至った。


 浅井から城の引き渡しを済ませると、いよいよ上洛が射程に収まった。


「ここまで長かったな……」


 ここに至るまで、徳川、今川、織田、浅井と様々な勢力を倒し、あるいは吸収してきた。


 結果的に勝ちを収めることができたが、いずれも平坦な道のりではなかった。


「お館様、号令を」


 馬場信春に促され、義信が配下の兵を見やる。


 悲願の上洛を間近に控え、家臣たちが──雑兵たちが、義信の命令を今か今かと待ちわびていた。


 そんな彼らに向け、義信が声を張り上げる。


「遠く甲斐より天下を望み、我らは幾度となく戦い抜いてきた。しかし、それも今日まで。我らの目指す京は目前だ」


 祖父が甲斐を纏め、父が信濃を手中に収めたおかげで今の武田がある。


 親子三代に渡って続いた天下取りが、すぐそこまで迫ってきていた。


「瀬田に我らが旗を立てよ!」






 元亀2年(1571年)1月。


 義信は浅井攻めのために用意した5万の軍を京に進めると、三好勢を京から駆逐した。


 御所に入ると、足利義昭が満足そうに頷いた。


「武田殿の忠節、大儀である。よもやこうもあっさり都へ戻れるとは……。さすがは武田殿じゃ」


「なんの……すべては公方様のご威光あってのこと」


「うむうむ。謙虚なところもお主の美点じゃ。これからも頼りにしておるぞ」


「ははっ」


 義信が頭を下げる。


「……して、ここまで忠義を尽してくれた武田殿に、何か褒美を与えたい。……なんぞ、欲しいものはあるか?」


「あることはあるのですが……」


 義信が言葉を濁すと、義昭が顔をしかめた。


「なんじゃ、遠慮するでない。何でも申してみよ」


「……本当に何でもよいのですか?」


「武士に二言はない」


「そうですな……。では、一つ官位を賜りたく」


 義昭の表情が緩んだ。


 勿体ぶったかと思えば、なんてことない。

 義信は官位が欲しいのか。


 そうなれば、義信に相応しい官位を見繕ってやらなくては。


「そうじゃな……天下の武田殿に相応しき官位となれば、従二位か……いや、正二位かな……」


 義昭の言葉に、義信は静かに首を振った。


「なんじゃ、正二位では不服か? しかし、これ以上上となると……」


「あるではありませぬか。……征夷大将軍の位が」


「なっ……!」


 予想外の言葉に、足利義昭が絶句した。


 征夷大将軍は源頼朝以来の、武家の棟梁を示す位である。


 義信が征夷大将軍を欲するということは、すなわち足利義昭から征夷大将軍の位を簒奪し、自身が幕府を築かんとしていると宣言しているに他ならない。


「お主、まさか……」


「公方様もおわかりになったでしょう。『何でも』などと軽々しく口にしてはならないと」


「えっ…………あ……」


 そこまで言われて、ようやく気がついた。


 軽率なことを述べる義昭を諌めるべく、義信は嘘を言ってみせたのだ。


「まったく……冷や汗をかいたわい」


「これに懲りたら、二度と軽はずみなことを申されぬことですな」


「うむ。肝に命じよう……」


 義昭がほっと胸を撫で下ろす。


 改めて義信への褒美を考える義昭をよそに、義信が小さく呟いた。


「無理を承知で言ってみたが、さすがにダメだったか……」

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