忠義者?
執拗な追撃を仕掛けるも、結局織田信長は逃してしまった。
本陣に戻り落胆する家臣たちに、義信は労いの言葉をかけた。
「倍の兵を相手に、これだけ武威を示したのだ。我らの名声は天下に轟いたと言えよう」
「そうですな」
「うむ。間違いない」
満足気な表情を浮かべる家臣たち。
戦いの終わりを告げるように、義信は勝鬨をあげるのだった。
義信の前に連れてこられると、木下秀吉はその場に転がった。
どうやら転んだ拍子に気絶してしまい、武田軍に捕まってしまったらしい。
武田の武将に囲まれながら、秀吉は思った。
自分は不利な戦をこれほど果敢に戦ったのだ。
織田家に帰れば、莫大な恩賞が貰えるに違いない。
そのためには、まずこの場を生き延びねば。
武田義信と思しき男が口を開いた。
「その方、名はなんと申す」
「それがし、木下秀吉と申す」
両腕両足を縛られた秀吉が姿勢を正した。
「その方の戦いぶり、実に見事であった。ここで斬るには惜しい……。……どうだ? 信長を見限り、私に仕える気はないか?」
「なんと……!」
「今ならお主を侍大将に取り立て、私の側近にしてやれるが……」
思わぬ提案に秀吉が目を見開いた。
織田家に帰れば恩賞が待っているかもしれない。
だが、結果的に今回の戦に敗れ、武田に3方から囲まれる形となった。
近い将来、武田家の本格的な侵攻が始まることとなるのは目に見えていた。
それよりならば、落ち目の織田を見限り武田についた方が得なのではないか。
いま自分が武田家につけば、美濃の調略から尾張の調略。道案内までできる。
武田家での活躍は約束されたようなものだ。
そうなれば、さらに出世……
そこまで考えて、秀吉はいやいやと頭を振った。
(バカか、儂は……。大恩ある信長様を裏切って武田につこうなどと……。恥を知れ、恥を)
とはいえ、今後捕虜としての扱いに関わるのなら、自分の価値を高く見せるのは得かもしれない。
キリリッ。精一杯の凛々しい表情で、秀吉は低い声を作った。
「それがしには信長様に拾って頂いたご恩がある。侍大将程度の地位で大恩ある殿を裏切るなど、片腹痛いわッ!」
だからもっと自分を高く見積ってほしい。
暗にそう滲ませ、武田家臣たちの様子を窺った。
案の定、飯富虎昌がううむと唸った。
「なんという豪傑……! この男、ますます欲しくなりましたな……」
「うむ。さりとて、これほどの忠義者だ。素直に首を縦に振るかどうか……」
思案を巡らせる家臣たちを制して、義信が前に出た。
「惜しい男ではあるが、こうも強情なのだ。たとえ城一つ差し出したところで、この男は首を縦には振るまい」
(ちょっ……待て待て待て!)
旗色が変わり焦る秀吉。義信の言葉に武田家臣たちが唸った。
「ううむ……たしかに……」
「これほどの忠臣が、損得で動くようには見えませぬからな……」
(動く! 損得でしか動かないから!)
必死に首を振る秀吉をよそに、義信が短刀を手に取った。
「敵に斬られるくらいなら、自害でもした方がまだ面目も保てるというもの……。こちらで介錯するゆえ、自害を許そ――」
「これより殿と呼ばせて頂きます!」
木下秀吉は地に打ちつける勢いでその場に頭を下げるのだった。
隙あらばコメディを書きたくなってしまう……
明日の投稿はお休みして、次回は11/29に投稿します。