婚約者様の口ぐせが「俺に逆らうなら婚約破棄だ!」なので望みどおり婚約を解消しました。二度と侮られないよう筋肉を鍛えようと思います。
「シルヴィ! お前のような生意気な女、俺の嫁にふさわしくない!! 今日こそ婚約破棄してやる!!!!」
「ルシウス、お静かに願います。せっかくのお茶が冷めてしまいます」
戯れ言を聞き流し、私は紅茶に口をつけました。
私は十八歳で【婚約者の逆鱗に触れて婚約破棄された女】になるようです。
なぜこんなに冷静でいられるかと言いますと、婚約破棄はルシウスの口癖だからです。
私の婚約者、ルシウス・シタッパー。御年十九。
ティンプレ国の男爵家三男。
「俺に逆らうなら婚約破棄だ!」が口ぐせです。
今月に入って十日。もう十五回このセリフを聞きました。聞き飽きました。
怒りの理由もくだらないのですよ。
アポイントもなしに我が家に押しかけてきたと思ったら、剣術大会で12位に入賞した自慢話(18人中12位)を一時間にわたって語りだしたのです。
聞き流していたらこの有り様。
相手をするのも面倒。
このままルシウスと結婚しても、口ぐせが「俺に逆らうなら離婚だ!」に変わるだけでしょう。
どうせお互いの親が勝手に決めた婚約。
破棄されたところで未練などありません。
「わかりました。望みどおり婚約は解消しましょう。言い出したのはルシウスなので、慰謝料を払っていただけるのですよね」
「はぁ!? なぜ俺が払わなければならないんだ。お前が俺に逆らうから婚約破棄になるんだぞ。慰謝料を払うなら、原因になったお前のほうだ!」
意味がわかりません。
まったく、みじんも、これっぽっちもわかりません。
私の後ろに控えている執事セバスチャンも、こらえきれなかったようで失笑しました。
耳ざとくそれに気づいたルシウスは、セバスチャンを指さして怒鳴ります。
「おいそこの男。俺のこと笑ったな!! 不敬だぞ! クビだ!! 未来の当主を笑うなんて!」
「ルシウスが婚約解消なさるなら、我がザマースル家の婿にはならないということ。他人が、セバスチャンをクビにできるはずないでしょう」
もう我慢なりません。私のみならず使用人にまで当たるなんて最低。
この人が次の当主になったらザマースル家はお終いです。使用人もみんな逃げ出すわ。
「ヌヌヌヌ、女のくせに生意気な! 俺にたてついたことを謝るなら、婚約破棄をなかったことにしてやってもいいぞ!」
「謝る理由が見当たりませんのでお断りします。このまま赤の他人になりましょう」
ルシウスはふんぞり返って命令してきましたが、セバスチャンにつまみ出されました。
セバスチャンは前職が掃除屋さんだから、力が強いのよね。
成人男性の一人や二人、指先一つで倒せるの。
お父様を掃除するために雇われたらしいのですが、セバスチャンが屋敷に侵入したところを私と鉢合わせしたのです。
他の掃除屋さんなら私もお掃除されていたらしいですが、セバスチャンはターゲット以外掃除しないのが流儀だと言いました。
三倍のお給料を出すから、お父様から手を引いて、もとの依頼人を掃除するよう頼んで以降、うちで働いてくれるようになったの。
お掃除も料理も得意なんて最高の執事よね。
「ありがとうセバスチャン。助かるわ」
「お嬢様の御身を守るのが、僕の生き甲斐ですので」
お父様にも事情を説明しまして、私とルシウスの婚約は正式に解消されました。
「逆らうなら婚約破棄だ!」というセリフは私を格下に見ていたからこそ出た発言でしょう。
つまり、私が強くなれば新たに婚約者を迎えても、見下されたり侮られるようなことなく生きられるのではないでしょうか。
「セバスチャン。私、今回のことで学びました。女も強くならねばならぬと。私に戦闘術を教えてください!」
「お嬢様……。それがお嬢様の望みなら、僕は全力で応えましょう。婚約者は裏切るけれど、筋肉は己の一部。絶対裏切りません!」
「わかりましたわ、セバスチャン!」
この日からセバスチャンに弟子入りして修行を詰みました。
来る日も来る日も屋敷の庭で木偶人形を的にして修練を重ねます。
日夜走り込みをして、雨の日には屋内で筋トレをし、一年経つ頃には拳でレンガを割れるまでになりました。
師匠であるセバスチャンは岩を指先で粉砕できるので、まだまだ足元にも及びません。
「さすがでございます、シルヴィ様。一年で僕の家の体術を半分も会得してしまうとは。修行で鍛えた筋肉もとてもお美しいです」
「ありがとう。セバスチャンの言ったとおりね。婚約者は裏切るけれど、筋肉は裏切りません。やればやるほど答えてくれる。こんなに素晴らしいことがあるかしら!」
鏡に映る自分の力こぶに惚れ惚れしてしまいます。
筋肉の素晴らしさを教えてくれたセバスチャンにも心の底から感謝します。
泣きごとを言っても励まし支えてくれた。
セバスチャンが師匠でなかったら三日坊主だったと思います。
今日も日課の筋トレをしていましたら、屋敷を訪ねてくる人がいました。
190、191、192……。
「ふ。シルヴィ。筋肉ダルマになったから誰からも婚約打診が来ないだろう。地面に膝をついて頭を下げるなら俺がもう一度婚約してやってもいいぞ!」
ええとどなたでしたっけ、このかた。
スクワットをしながら考えます。今何回目でしたかしら、ええと、145、146。
「どなたか存じませんが、ごめんなさい。私、心に決めた相手がおりますの」
「はぁああああ!? 誰って、去年までお前の婚約者だったルシウスだよ!!!!」
「あら、ルシウスでしたか。デザートスプーンみたいに細いので気づきませんでしたわ」
「そりゃガチムチ筋肉ダルマになったお前と並べば細いだろうよ!」
筋肉美がわからないなんて残念な人ですわ。
「あいにくこの国では重婚が認められていませんので、素直にお引き取りいただけません?」
「俺に捨てられたやつが結婚なんてできるわけ無いだろう。それとも婚約破棄されたのを受けとめきれず俺と結婚した妄想でもしていたのか、イタイ女だ」
イタイ人ですわ。髪をかきあげるキザな仕草もあいまってイタイです。
ちなみにルシウスが一年も経ってから私のところに来た理由は、わかっています。
【国中の令嬢に婚約を持ちかけて片っ端からオコトワリされたから】です。
令嬢たちがお茶会で教えてくれました。
そりゃあそうでしょう。機嫌が悪くなると婚約破棄してやる! と当たり散らす男と結婚したい女はいません。
馬鹿なのね。復縁できると本気で思っていたのかしら。
「誰かと思えばシルヴィ様の元婚約者さんじゃないですか。僕の妻にちょっかいを出すのはやめてくれないか」
「ゴフ!!」
セバスチャンがルシウスを背後からシメました。
顔面から地面に崩れおちるルシウス。
「つ、つま!? こいつ使用人だろ? まさか俺に振られたからって使用人で寂しさを埋め」
「いえ、ちっともあなたに懸想していなかったのに、何をどうしたら寂しさの穴埋めすることになるんですの。私のセバスチャンにまで失礼なことを言って。まだ居座る気なら、あなたを埋めますわよ」
レンガを一つ掴んで叩き壊します。
「ひっ、ひいいいいいい!!!!」
次はあなたですよ、という意味を込めて微笑みかけると、ルシウスはつんのめり、悲鳴を上げながら敷地を出ていきました。
「邪魔者もいなくなったことですし、トレーニングを続けましょうセバスチャン」
「そうですね、シルヴィ様」
私たちはニッコリほほえみあって筋トレを再開します。
この一年つきっきりで武術を教えてもらううち、二人の間に主従を超えた絆が育まれていました。
私を筋肉ダルマなどと罵ったりせず、婚約破棄するぞと脅したりもしない。
鍛え上げた肉体が美しいと言ってくれる素晴らしい夫です。
この先私たちの間に子が生まれたら、その子にも筋肉の素晴らしさを教えてあげるつもりです。
END
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