神の怒りを納めるは花嫁の愛、あるいはよくある昔話の顛末は
昔々のこと、村の山には神さまがいた
村の人々は神さまを畏れ敬い、山の神さまの恵みによって生きていた
首都から人がやってくるまでは、それが当たり前の平穏な生活だった
首都の人間は山を掘り返せば鉄が手に入ると、村人の制止も聞かず山に分け行った
当然、山の神は怒り、村人は安らかな生活を取り戻すために
首都から来た美しい人間を飾り立てて神への生け贄とした
神は100年の猶予を告げ、花嫁とどこか遠い地へと還ったという
あれから100年以上立つが神は帰ってこない
村は鉱山ですっかり大きくなった
美しい生け贄が神の心を射止めた話は、首都でもよく演劇になっているという
こうして村の人々は、豊かで穏やかな暮らしを手に入れたのでした
めでたし めでたし
くそっ。俺は悪態をつきたい気分だった。
辺鄙な村の山を切り開く……そんな話の障害になったのは人ならざる者の存在。
村の土着神がいなければ、と日和る村人たちを焚き付け、自らも神との作法、精一杯人間側でできる努力を重ねた。
神の代わりに土のエレメントを引き連れ、神にこの場所を譲ってはくれまいかと言ったのがつい先刻。
二本足で立つ神がそれだけでは足らぬといい、私にできる範囲でならと予防線を張りながら安請け合いしたのが、ついさっき。
神は、俺に近くに来るように言った。
命を取られるのだろうか。
とっくに覚悟できているつもりが、薄氷のごとき覚悟であったのを思い知らされる。
震える手先を押さえ、神に頭を垂れた。
「今、この男に呪いをかけた。100年生きる呪いだ。今より100年間、私はこの土地から去ろう。100年後、今よりも村が賑わっていたら私は二度とこの土地には戻らない。だがもしも、今よりも衰えているなとどいうことがあるならば、分かっておろうな?」
「は、はい!」
「あなたさまの寛大なお心に感謝いたします」
「そなたらが語った豊かな未来とやらを、叶えてみせるがよい。さて、そなたには重大な役目がある」
神は鷹揚に言って、周りの連中から視線を外し、異様に細く白い女のような指で、俺のほほをなぞった。
神は俺に向かって話しかけている。
しかし、返答は許されていないようだった。
「100年の間、私は暇になる。どこへ行ってもいいが、これから100年間死ねないそなたも暇だろう。喜べ、私がじきじきに遊んでやろう」
「は……お気遣いありがたく存じます」
「そうさな、名目は何にしようか。私の伴侶でいいか」
「は……?」
「何、ありふれた話だろうて。神の怒りを治めたのは生け贄の人間や、花嫁の心。そなたをそうやって可愛がってやるのも悪くない。案外100年程度では飽きぬかもしれぬな」
山の神はそう言って、人間ではそこそこ長身である俺を遥か上から見下ろした。
白い長い髪がざらりざらりと降ってくる。
はて、俺はいつの間に上を向いていたのやら。
ああそうか、この白魚のごとき腕が、俺の顎ごと上に向かせたのだ。
鮮やかな緑色の瞳は毒のようだった。
実際俺はくらりと倒れてしまい、次に起きたときにはもう知らぬ場所。
人のざわめきも聞こえず、何やら隣には肌色めいた巨大なぬくもりがあった。
そして俺は全裸であった。
「まさか、本当に?致した系?」
「なにを。初めてをマグロで散らすほど、酔狂ではないぞ。やはりこういうのは意識があってこそだろう?」
「いや確かにそうだけども、それが自分事となると困るんだよ!」
この神と初めてあったときは驚いたものだ。
山の神というのだから、さぞかし豊満な女性の姿をしているのだろうと思っていたからだ。
ところがどっこい、現れたのは2mを優に越える細身の男。
髪は白く、村人たちの言う山の恵みとは何のことか全く分からなかった。
ともかく、声の主をはっきり見て、再び俺は驚いた。
山の神は筋骨粒々なやや浅黒い立派な巨躯であったのだ。
茶色の髪は短く刈り上げられ、随分と野性的……忌憚なく意見を述べれば非常に苦手なタイプ……へと変貌していた。
「何を呆けておる。宿る山が変われば、写し身も変わるというもの。そなたら人間とて、生きる場所によってたやすく己を変える生き物のくせをして、何を驚いているのだ」
色々と逞しい山の神は、俺を下敷きにしながら舌なめずりをした。
意識の果てで悟る。
もう逃げられないのだと。
だがそれを認めるにはあまりにも事態は性急で、男はこの場で頼れる唯一のもの、己の弁論にて抵抗を試みる。
「ここらは雪が降らぬ。植物よりも動物の方が多い……。これからの行為にはスタミナも必要だろうし、近くに人はおらぬ。絶好の場所じゃろう?」
「正気かアンタ。俺は男だそ。いやまて、少し待て。もっといい方法がある。そうは思わないか?」
「それがどうしたのだ。ほれ、私の花嫁よ、さっさと覚悟を決めて股を開かんか。この姿だとちと大きすぎるが、まあいいか」
「ふざけっ……!?どう考えても入る訳、」
どうせ死ねないのだから、何も心配する必要はない。
神の慰めは男に届いたか否か。
男はただ神に翻弄された――。
【異種婚における初夜シーンは大事だよね】
※神は男に乱暴した。
「で、オレが生まれたってわけ」
「あながち嘘じゃないから黙れ!」
未だ呪われたままの若き姿の男は、腕のなかに禍々しい赤子を抱え、街を走っていた。
どこか身を隠せる場所へ。
どこでもいい。
どこでも。
少しでも身体を休めたい。
そんな想いが通じたのか、男の目の前で扉が開き、少し草臥れた感じのビジネスウーマンが出てきた。
「すまない、唐突なんだが、俺を匿ってくれ!」
「ギャハハハ! 余裕ないじゃん母ちゃん?」
「お前は黙ってろ!」
「ふうん、訳あり? そうねえ、なんかおもしろい話を聞かせてくれたら、一晩泊めてあげる」
おもしろい話ではないが、いや、他人から見たらおもしろいかもしれないが、山の神と呪われた男の話をする。
そのたびにドギツイ紫色の赤子が茶々を入れるものだから鬱陶しかったが、この赤子の半分は山の神産で、俺が離れると普通の赤ん坊もかくやといううるささで泣き叫ぶ。
やっと逃れることができたのに、見つかって呼び戻されては意味がない。
だから俺ができるのはこうしてこの赤子を抱いていることだけだった。
「へぇ。けっこうおもしろいね。でも、本当にあんたがその呪われた男なら、やばいんじゃないの。旦那さまのいない間に家出、なんて」
「旦那さまだと? 冗談でもやめてくれ。かれこれ200年近く一緒にいるが、あれは体のいいペットか、もっと悪けりゃ音のなるおもちゃぐらいにしか思ってないに違いない。俺がいなくなれば、もっと手軽なおもちゃを探しにいくさ。俺とあいつの間には……愛情なんか、ないんだ」
「なんだか不満そうだね」
「……! いや、そんな馬鹿な」
「やれやれ、男同士の恋愛ってどうしてこうもめんどくさいんだろうね。ところでお連れさんは、今日ここに泊まるのかい?」
「お連れさん?」
女の視線が俺から外れ、どこか遠くを見る。
俺の連れはこの赤ん坊だけ。
しかし、女は俺の腕の中ではなく俺の後ろを見ていた。
「そうさな、私の花嫁に仕置きをする必要があるのでね。野宿でも私は一向に構わないのだが、おすすめの宿屋でもあるのかな?」
喉が勝手に音を立てた。
振り返りたくがないために、姿は分からないが、不気味なほど朗らかなこの声は、どんな姿になっても変わらぬものだった。
はて、さきほどから赤子が静かだ。
地面にぶちまけた自身から生まれたこの、邪悪な顔立ちのでっかい赤子は、山の神の前では借りてきた猫よりもおとなしい。
ひたひたと迫る嫌な予感に男は肩を震わせ、ただ耐える。
絶対にうしろは見ない。
それで何が変わるわけでもなかろうが、それは、ただでさえなにもできない男の僅かなプライドだった。
「ん、うちの街、恋人か夫婦だと割引になる宿屋があるのよ。あんたたちみたいなのもいっぱいいるし、そーゆーのに向いてるらしいわ」
「ほう」
「たぶん、あんたは気に入るでしょうね。そこの家出男は嫌がると思うけど」
「それはそれは。是非とも見に行かなくては。案内してくれるかな、レディー?」
「残念、あたしはただの記者よ。まあ、ミセス・カクタクスって呼んでくれてもよくってよ?」
もはや女も誰もかも敵であった。
背中に感じるは、馴染みある体温と何かとは考えたくない固いもの。
俺はなすすべもなく宿屋に連れ込まれ、昨日と同じように山の神に組み敷かれた。
【宿屋に連れ込んだらすることは一つだけですね?】
※焦らしプレイの挙句、あまあまプレイするの好き。
その日の夜の出来事はかなり衝撃的で、山の神は何が気に入ったのか、かなりの確率で俺をそのように翻弄するようになった。
実のところ、そんな山の神が嫌ではない……むしろ好ましくすら思ってしまっているのが、俺の目下の悩みである。




