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南の国キュバス

 フォーリア達はアズラの館を抜け出し、セルロレック達と合流した。余計な話はせず、サーニャの家へ向かう。

 家に入るとお互いの戦果を見せ合い、四人はようやく一息ついた。

「こんなのがあと二回もあるのね」

 大して長くない時間だったが、魔物退治をした時よりもずっしりと疲れがのしかかっているような気がする。もっとも、サーニャだけはまだ魔物退治をしたことはない。

「これでムウが鍵の在処(ありか)を教えてくれなかったら、もっと時間がかかってたってことだよな。疲れ倍増……んー、倍どころじゃ済まないか」

「どちらも見(とが)められずにすり替えられてよかったよ。いきなり捕まってたりしたら、後はもう動きようがなかっただろうからね」

 どちらにも多少ヤバいかなと思う場面はあったものの、結果がよければそれでいい。

 気分的にはしばらく休みたいところだが、そうも言っていられない。リリュースにとっての時間はあとわずかだ。

 四人はすぐに南の国キュバスへと向かった。一瞬で行けたらと思うが、魔獣の力を借りても目的地までは数時間かかる。大きな大陸も、こういう時には面倒だ。

 キュバスへ近付くにつれ、次第に汗がじんわりと浮かんできた。着く頃には、グリーネでセルロレックに借りたマントが日よけ代わりになり、レラート以外の三人は初めて体験する太陽の光の強さに打ちのめされる。

「何なのよ、この暑さ。本当に私達と同じパロア大陸にある国なの?」

 サーニャは悲鳴のような文句を口にする。フォーリアとセルロレックも同感だ。

「たった二日程度、涼しい場所にいただけなのに、俺もこの暑さはきついな」

 レラートは太陽が隠れたあの日以来、この暑さをずっと経験している。慣れているはずなのに、ちょっと離れていただけで身体に(こた)えた。初めて経験する三人はもっと堪える。

「火の山のそばにいるみたいだね」

「これじゃ、身体の弱い人にはつらいよね。あたしの友達で火の山から戻って来た子が、魔物じゃなく暑さにやられて寝込んだことがあるもん」

「川が干上がるはずだわ」

 魔獣に乗って上空を進む時、見下ろした土地は完全に乾燥地帯だった。わずかに残った川や湖が、この国にとってはまさにオアシスだ。

 しかし、本来の池や湖がこんな大きさではない、というのはわかる。きっとあそこが水辺なんだろうな、と思われる線がくっきり見えた。元々の川はもっと幅があり、湖は広いのだ。

 リリュースも力を奪われてしまうまで時間がないが、この国もかなり危険な状態だ。水というライフラインが底を尽きかけているという事態は、他の三カ国よりも追い詰められていると言える。

 彼らはすっかり小さくなってしまった湖のほとりに着いた。水辺ということもあって、他の場所よりは涼しい気もしたが……気温はそう変わらないだろう。近くにまだ水分があるおかげか、草木も枯れてはいない。

「ごめん。俺ん家、サーニャの所みたいに広くなくてさ。水が少ないから、宿もほぼ休業してる。それに、例の魔法使いのいる場所からもかなり離れてるんだ」

 三人は気にしないよう、レラートに言った。遊びに来たのではないし、もてなしてもらいたい訳じゃないのだ。

 確かにこれからの段取りなどを考える時は屋根があるとありがたいが、なくても話くらいはできる。少なくとも、ここで雨は降らないだろう。

 魔物退治へ行けば、いつも屋根の下で休めるとは限らないのだ。これくらい、どうってことはない。

「この湖の向こう側に、城みたいな建物が見えるだろ。あれがエンルーアの館だ」

 レラートが差す方向に、ずいぶん立派な館があった。

 エンルーアは元々裕福な家庭で育ち、目の前の湖も含めたこの辺り一帯の土地も所有している。山や平野部を流れる川には水を求めて人々が向かうが、この辺りは私有地なのでほとんど人は来ない。

 こんな事態になって水を盗みに来る人もいたが、そこは魔法使いである。入り込めないように結界を張るくらい、お手の物だ。

 なので、四人がいる場所も結界のすぐ外である。そこに水が見えているが、それを汲みたくても近付くことはできない。

「みんな困ってるんだから、わけてあげればいいのに」

 フォーリアが不満そうに口を尖らせる。

「こんな状態にした張本人だぜ。そんな親切心なんかあるかよ」

「結界まで張るくらいだからね。自分の物を他人に渡すつもりはないんだよ」

「本当、いい根性してるわ」

 確かに「いい根性」をしていないと、竜を封じようなんてことは思い付かないだろう。

「ねぇ、ムウ」

「はいはーい」

 姿を隠して彼らについて来ていたムウが、フォーリアの呼びかけで現れた。

 人に見られて騒がれないよう、呼ばれないと出て来ないようにしているらしい。だが、呼ぶとこうしてすぐに現れるのだから、いつも近くにいるのだろう。

「ムウは雨を降らせられないの?」

「私にそこまでの力は……」

「ムウの姿って、ぼくの国では晴れるように願掛けするおまじないの人形に近いよ。願ったら逆に晴れるんじゃないかな」

「やめてくれ。これ以上晴れるのはごめんだぞ」

「国全体が自然発火しそうよね」

 みんなの声を聞き、フォーリアはがっかりする。

「そっかぁ。残念ね」

「すみません」

 申し訳なさそうにムウが謝った。

「あの館が魔法使いのいる場所、つまり鍵のある場所ですね。私、これから内偵して参ります。みな様はしばらくお休みください」

 ムウは夕日が反射する湖面の上を、エンルーアの館を目指して飛んで行った。湖のかなり上空を飛んでいるのは、結界があるせいだろう。

「休めって言われても、落ち着かないよな」

 ムウを見送るレラートが、小さくため息をつく。

「近所に昔から世話になってるばぁちゃんがいてさ……年のせいもあるだろうけど、この暑さですっかり身体が参ってるんだ」

 どの国でも異常気象の原因を探ってはいるが、一般市民はもちろん、自分達のような下っ端の魔法使いにまで調査の報告は降りてこない。ようやく聞けたと思った声は「わからない」という状態。

 それにいらついてレラートは、自分で探ってやるっ、とパドラバの島へ向かったのだ。

「報告が下りてこないという共通点は問題だって、前にも話していたよね。ぼくも似たような理由だよ。元々身体の弱い友人が風邪をこじらせてね。急な気温の変化で身体がついていかないようなんだ。他にもそういう人がいるって話を聞いて、じっとしていられなくなった。とにかく何かしたいって思って」

 北の国グリーネでは、誰もが気持ちは夏に向かっていた。なのに、現実は冬。頭と身体が混乱するのも無理はない。

 南北の国は東西の国に比べて気候が極端に変わったため、そういった人が出てしまうのだろう。

「とにかく、休める時に休んでおこう。レラート、エンルーアって魔法使いはどういう人なんだい?」

 さしあたって、今はやることがない。車座になり、エンルーアについての情報をレラートから聞くことにする。

「魔法の腕はかなりのレベル。まぁ、これは他の魔法使いも同じだよな。占いもやってたりして、それがすごい確率で当たるもんだから、火の国の魔女なんて言われたりしてる。あと、聞いたところじゃすごい美人らしいぜ。俺は遠目で一度しか見たことないから、その辺りはよくわからないけどさ。でも、美を追求する執念はすさまじいって聞いたな」

「女性は美を追究する人が多いとは思うけどね。少しでもきれいに見せたいとか、若く見られるようにしたいとか。私ももっと大人になったら、そんなことばっかり考えるようになっちゃうのかしら」

「若いうちからそんなことを考えてたら、老けちゃうわよ」

 フォーリアがさらっと言ってしまう。きっと彼女はそういうことにこだわらないんだろうな、と三人は思った。ありのまままを受け入れるタイプだ、と。

「確かに、女はだいたいそんなものなのかな。今回、竜の封印に関わった魔法使いの中ではエンルーアが一番若い。三十を超えたらしいんだけど、見た目は二十歳そこそこだってさ。どれだけの執念を持てば、十近くも若く見えるようになるんだよ」

「時々いるね、まじないの(たぐい)やかなり怪しげな薬で若く見せる人が。何を考えて竜の力を奪おうと思ったか知らないけれど、彼女の場合は美しさを確実に保てる力を欲したんじゃないかな。竜の力はあらゆることを可能にすると考えられてるから」

「その人、五十歳や六十歳になっても二十歳くらいの姿でいたいのかなぁ。……気持ち悪い」

「んー、私もそこまではいやだわ。そうなったら、もう人間じゃなくて魔性に近いんじゃないの? 何百歳でも、見た目は壮年だったりするでしょ」

「本人は気持ち悪いなんて思ってないんだぜ、きっとな」

 何にこだわるかは本人の勝手だが、他の人に多大な迷惑をかけてまで手に入れようとしているとなると、話は違ってくる。

「アズラの時は何とかごまかせたけど……今回もうまくいくかしら」

「いくわよ。だって、あたし達、竜に託されてるんだもん。何かあったとしても、周りにいる全ての妖精や精霊達が助けてくれるわ。心配しないで、サーニャ」

 楽観的だなぁ、と思う反面、そうかも知れない、とフォーリアの言葉を聞いて三人は思った。

 封印に関わった当事者達は、四人が鍵を取り戻そうとしていることを知れば邪魔をするだろう。もし誤った情報を彼らから聞かされていれば、その弟子達も黙ってはいないはず。

 しかし、自然の力は竜へとつながっている。その力は竜を助けようとする四人の魔法使い達を助けようと動いてくれるだろう。

 そんなふうに思えてくる。

「あたしは、リリュースの方が心配だな」

 タッフードは、三日から五日くらいで封印は完成し、竜はその力を奪われるだろうと言った。その日数は、あくまでもタッフードの予測だ。絶対にその日数かかるという意味ではない。

 だから、まだ余裕があると思っていたらもう完成してしまった、ということもありえるし、一週間以上延びることもある。

 とにかく、先が読めないのだ。こうしてムウを待つ間にも、竜の力はじわじわと奪われつつある。

 そう思うと、休んでいるのが申し訳なく感じてしまうのだ。

 もちろん、人間である自分達には、休息がある程度は必要だ。不眠不休で動ける程にタフではない。しかし、今だけはそのタフさがほしいと思う。

「まだ間に合うって信じておこうぜ。タッフードは三日から五日だって言ったけど、今日明日中に鍵を取り戻したら間に合うんだから」

「移動は魔獣達にがんばってもらって、あとはぼく達ががんばればいいんだ」

「うん……そうね」

「あ、ムウが帰ってきたわ」

 サーニャが湖面の上を飛ぶ影に気付き、全員が立ち上がった。

☆☆☆

 金持ちのやること、考えることはわからない。

 誰が見ても裕福そうな家に住んでいたサーニャでさえ、そんなことを口にした。

 帰って来たムウの口から出たのは、パーティという言葉。もちろん、冒険するために仲間が集まるグループのことではなく、宴の意味だ。

 南に位置するキュバスの国では強い陽光であちこちが干上がり、気温の異常な上昇で体調を崩す人も多く出ているというのに。

 よりによって、エンルーアの館でパーティが開かれると言うのである。

 魔法使いだ何だと言う前に、どういう神経を持った人間なのかと疑いたくなった。

「こんな暑さだからこそ、涼んで景気よくしよう……ということのようですよ」

 水については、すぐそこに自分専用の水瓶がある。使い切りそうになった頃には竜の力を手に入れ、雨を降らせていくらでも水を手に入れられる、とでも考えているのだろう。もしくは、じき竜の力を手に入れられる前祝いといったところか。

「行事の中身はともかくとして、チャンスですよ。パーティですから、それなりに人も来ます。その中に紛れ込んでしまえば、鍵もすり替えられますからね」

 人の目がたくさんある、というリスクも逆にあるが、静まりかえった館に忍び込むよりはチャンスもあるはず。

「また使用人になって紛れるの? まぁ、その方が手っ取り早いかしらね。私達はともかく、今回は庭師見習いの出番はないんじゃない?」

「グラスが載ったトレイを持ってうろうろしてれば、それなりの格好はつくぜ」

 今回はわざわざ使用人のリーダーに会わなくても、入って給仕をする振りをしておけば誰かに見(とが)められることはないだろう。

「いえ、今回は客として入った方がいいと思いますよ」

 ムウの言葉に、四人の目が点になる。

「客ってどうやってだよ。俺達、誰もエンルーアとは面識がないんだぜ。入って行ったらすぐに、お前達は誰だってことになるぞ」

「ええ。ですから、招待客の連れという形がいいでしょうね。みな様、催眠はおできになるようですから、二組くらい客を掴まえてそれぞれ連れて行かれたらよろしいかと」

 ムウが客になりすますように言うのには、もちろん訳がある。

 鍵のある場所だ。

 封印の鍵は、人形部屋と呼ばれる場所にある。エンルーアは人形集めが趣味なのだ。コレクションルームがあり、そこにたくさんの人形が飾られている。

 客が見せてくれと言えば、喜んで部屋を開放してくれるだろう。客がいるそんな部屋へ使用人がのこのこ入っては、逆に目立ってしまう。パーティーの最中に掃除、なんて言い訳も無理。

 だから、今回は客になりすます方がいいのだ。

 倉庫の鍵は、面倒なことにエンルーア本人が持っているらしい。形は普通の鍵だが、魔法がかかって青白く光り、それなりに美しく見える。普通の人には見えない光だが、彼女の力であえて見えるようにしているらしい。

 それとは別に、赤く光る鍵や白く光る鍵などもあり、それらをペンダントトップのようにして身に付けているのだ。これはすり替えると言うより、手放すように仕向けるしかない。

「恐れてた状態だな。あってほしくなかったパターンだぜ」

 その国屈指の実力者と言われる魔法使いに新人が正面から向かったところで、勝算などないに等しい。

 やる前から負けを認めるのは悔しいが、生まれたばかりの赤ん坊と巨漢が勝負するようなもの。いや、勝負にすらならない。相手の指一本で、こちらは簡単に息を止められてしまうだろう。

「だけど、本当に大事なら自分で管理するのがやっぱり一番だろうからね」

「案外、挑発かもな。取れる物なら取ってみろって。ちっくしょう」

「ねぇ、こっちは赤ん坊みたいなものって言うけど、赤ちゃんって案外強いわよ。誰もがかまってあげて、守ってあげたくなるもん」

 そこにいるだけで周りにいる人間の気持ちを穏やかにし、ちょっと泣けばすぐに誰かが抱き上げてあやす。わずかでも笑みを見せようものなら、大人達はめろめろだ。

「あのなぁ、フォーリア。赤ん坊ってのは例えだぜ……」

「うん、わかってるわよ。でも、似たような状況にならない、とは限らないでしょ」

「……エンルーアが誰にめろめろになるってんだよ」

「と、とにかくっ! 人形の方は、また私達がすることになりそうね。女の子が見たいって言う方が、やっぱり自然でしょ」

「倉庫の鍵については、魔法使いが手放すチャンスを待つしかありませんね。パーティの間では無理でも、終わってからもずっと肌身離さずということではないでしょうから……こちらはいざとなれば夜中に忍び込んで、ということも考えた方がよさそうです」

 ムウが至極(しごく)まともな提案をした。今回はそうするしかなさそうだ。

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