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一人目の魔法使い

 半開きだった扉は、風の魔法で一気に開けられたらしい。

「ご、ごめんなさい! 怪しい者じゃないですっ」

 扉が全開になり、部屋からは廊下にいる四人の姿が丸見えだ。その先頭にいたサーニャは悪いこともしていないのに、慌ててそう言った。

「怪しい人も、自分のことは怪しくないって言うよね」

「今、それを言うか?」

 これ以上余計なことを言わないよう、レラートがフォーリアの口をふさいだ。

「誰だ、きみ達は」

 こちらを見る部屋の(あるじ)は、三十代半ばといったところか。あのおばさんが話していたが、確かに線の細い男性だ。

 肩まで伸びた薄い金色の髪に、薄い青の瞳。身長はレラートより少し低いくらい。これといった特徴がないのが特徴か。

 セルロレックだけは以前に彼の姿を見たことがあるので、すぐにわかった。間違いなくこの館の主で、魔法使いのタッフードだ。

「ぼく達は……城に仕えている魔法使いで、ぼくはセルロレックと言います」

 他の三人はともかく、セルロレックは城が勤務先だ。もっとも、まだ新人の枠を出ない彼の仕事は雑用的なものばかり。それでも嘘ではないから、堂々としていられる。

 いちいち全員に所属場所を聞くとも思えないから、セルロレックは三人も自分と同じ立場ということにしておいた。

「勝手に入って申し訳ありません。裏口でこちらの使用人の方に会って、用があるなら入れと言われたので……。一応、下で何度か声をかけていたのですが」

「そうか。大きな声を出して悪かったね」

 セルロレックが名乗ったためか、城という言葉を信用してもらえたのか、タッフードは穏やかな声でそう言った。物静かな雰囲気……と言うよりは、無表情に近い。

「どういった用件かな」

「落とし物がありまして……」

 これまで繰り返してきた作り話を、セルロレックはタッフードにもする。彼はその日、城に行っていないし、鈴も自分の物ではないと答えた。

「そうですか」

「私も一つ、聞かせてもらいたいな」

「は、はい。何でしょう」

 例の時間帯にどこにいたかをどう聞き出そうかとセルロレックが思っていたところへ、先にタッフードが質問を向けてきた。

「わざわざそんな物を持ち出してまで、私の所へ来た理由は何だい?」

 その質問に、四人は絶句する。

「落とし主を捜しに城から魔法使いがわざわざ来るなんて、あまり……いや、まずないことだからね。しかも、そんな小さな落とし物に、四人は多くないかな」

 やはり実力者と呼ばれる魔法使いは、簡単に騙されてくれない。これまでは弟子の魔法使いばかりに聞いていたから、不審に思った人がいたかも知れないがこんな突っ込みはされなかった。やはり本人に直接会うのはマズかったかも知れない。今更ではあるが……。

「すみません。少し調べたいことがあったので」

 何か適当なことを言おうかと思った。だが、きっとその場しのぎの言い訳ではすぐに見透かされてしまうだろう。かと言って、どこまで白状するべきか。

「調べたいこと? 家まで来るということは、魔法使いの生活実態調査かな」

「まさか。そんな個人的なことを調べには」

「じゃあ、隠し財産がないかを探りに来たとか?」

 まずありえないだろう理由を並べるタッフード。面倒くさそうに話しているが、本当に面倒なのか、わざとなのか。彼の意図が見えない。

「パロア大陸で起きている異常のことです」

 何か引っ掛かって来ないかと、セルロレックはあえて真実を告げてみた。

「だったら、よそを調べた方がいいんじゃないのかい。ここを調べて何かが出て来るとは思えないからね」

 特にタッフードが話にのってくる様子はない。セルロレックはもう少し食い下がってみた。

「タッフードさんは異常の原因は何だと思われますか」

「さぁ、何だろうね。パドラバの島のどこかで歪みでも生じたんじゃないかな」

「その歪みが、人為的なものとは考えられませんか」

 一瞬、タッフードの目が鋭くなった……ように、セルロレックには見えた。だが、すぐに無表情に戻る。

「きみはどうしてそう思うんだい」

「自然のものなら何かしらの前兆があると思うんです。人為的なものなら、ある日誰かがいきなり仕掛けたために、前兆もなく起きるのではないかと」

 事実、今回のことが人為的なものであることを四人は知っている。

「あの……タッフードさん。私、さっきあなたが持っていた物を見ました。あれは何ですか? それに、あと三日って言葉も聞こえたし」

「……」

 タッフードは四人からわずかに視線をそらす。だが、すぐにその視線を戻した。

「きみ達がここへ来た本当の理由を話してくれれば、話してもいい」

 サーニャが聞いたのは、個人的に自分が見て聞いたものが気になったからだ。関係があるかどうかもわからないのに、竜の話をすることを取引していいものだろうか。

「やっぱりぼく達だけじゃ、限界があるみたいだ」

「俺達、交渉には絶対向いてないぜ」

 話をはぐらかすこともできない。ゴマかせる言葉もすぐには思い浮かばず、うまい駆け引きもできない。このまま真実を隠して話を進めたとしても、この館をすっきりした気分で出ることは無理だろう。

 それ以前に、怪しんだタッフードによって館から出してもらえなくなることだってある。そんなことをするくらい、実力者の彼にとって大した労力ではないだろう。

「パドラバの竜が魔法使いに封印されました。ぼく達はその魔法使いを捜そうとしているんです」

 セルロレックがそう切り出しても、タッフードの表情は動かなかった。

☆☆☆

 パドラバの島へ行き、竜と出会ったこと。竜は魔法使いの手で封印されていること。封印の鍵を消せば、竜は解放されること。北から一番強い邪心を竜が感じたこと。

 そんな話を、セルロレックはタッフードに聞かせた。

「笑われても構いません。でも、今の話はぼく達が実際に竜から聞いたことです」

「グリーネで実力者と呼ばれる魔法使いということで、私の所へ来た……か。光栄だね、実力者と認めてもらえて」

 実力者=犯人かも知れない、という疑いをかけられている訳だ。それがわかっているはずのタッフードの言葉を、そのまま受け取ることはできない。

「ぼくが知る魔法使いで、高い魔力と技術力を持つ人をリストアップした結果です。失礼なのは承知していますが、こういうことができるのは実力者だろうという以外に手掛かりがないので」

「いや、手探りでここまで進めたのはすごいと思うよ。まずパドラバの島へ行って、あの霧の中へ突っ込んだ勇気に本気で敬意を表するよ」

 タッフードはそう話しながらポケットに手を入れ、中から半透明の白い珠を取り出した。

「きみがさっき見たというのは……これだろう?」

 サーニャに尋ね、彼女は小さく頷く。

「これは封印の鍵となる物だ。きみ達が捜している竜の封印のね」

「ええっ」

 あっさり白状され、新人魔法使い達は驚きを隠せない。

 竜の話など、てっきり鼻で笑われるかと思っていた。作り話ならもっとうまく作れと言われても仕方ない、と。

 もしくは、本当に竜がいたのかと驚かれるのでは、と思っていた。彼が竜がいる派いない派にかかわらず、そう簡単に自分達を信じてもらえるとは考えていなかったのだ。

 それなのに、それをしたのは自分だと告白されてしまった。逆に、その方がすぐには信じられない。

「いいのかよ、そんなことを話して……あ、まさか」

 真実を知った者は帰さない。それは悪事をはたらく者の常道だ。

 しかも、ここへ彼らが来たことは誰も知らない。唯一、使用人のおばさんだけが知っているが、彼女はもうここへは来ないのだ。新しい働き口を探すため、よそへ行ってしまうだろう。四人が家へ帰ったかどうかなんて、知ったことではない。

 そもそも、自分が館から離れた後に四人が中へ入ったことすらも、彼女は知らないだろう。

 相手は北の国グリーネの中でも、実力者として名を連ねる魔法使い。方や、セルロレックは魔法使いと名乗れるようになってから、まだ三年目、正確に言えば二年半だ。サーニャなど、なったばかり。こちらは四人いると言っても、実力の差は歴然だ。何をされても、まともな抵抗すらできないだろう。

「きみ達をどうこうしようなんて、思ってないよ。したところで、もう時間もあまりないからね」

「時間って……あ、さっきの三日って言ってたあれ?」

「三日から、長くても五日くらいかな。封印が完成し、竜はその力を奪われる」

「そんな」

 とんでもないことを知らされて誰もが青ざめ、言葉を失う。

 リリュースは、封じた魔法使い達が自分の命が尽きるのを待っている、と話していた。それがもう数日しかない、と知っているのだろうか。

「欲しかったら、あげるよ」

「え」

 タッフードは、持っていた白い珠をセルロレックに放った。反射的に受け取ったが、珠は思った以上に軽い。半透明でにわとりの玉子くらいの珠は、薄い便せん一枚を丸めたくらいの重さでしかなかった。

「ただし、それだけをどうかしようとすれば、竜が傷付く。四つの鍵を同時に消せば、封印は解かれるけれど……集めるのは難しいだろうね」

 この鍵一つだけでは、竜を助けることはできない。封印した者にとっては、一つくらい手元になくても特に支障がないということか。

「だから、自分の持つ鍵をあたし達にくれるってことですか? あの……封印はタッフードさんがやろうと思ってやったことじゃないの? 見ていると、あんまりやる気がないって言うか、どうでもいいやって感じに思えるんだけど」

 タッフードの態度は、さっきからどこか投げやりに見えるのだ。北にいる魔法使いが一番強い邪心を持って竜を封印したのではなかったのか。

 こうして話をしていると、とてもタッフードが先頭に立ってしでかしたこととは思えない。

「そうかい? 確かにどうでもよくなってきたよ」

「ふざけるなっ。あんたはどうでもいいかも知れないけど、あんたやあんたの仲間がしでかしたことで大陸中の人達が困ってるんだぞ。今はみんな、不安に思っている程度だけど、そのうち国中が混乱する。キュバスじゃ、暑さと渇きで具合が悪くなる人だっているんだ」

 レラートがかっとなってタッフードの胸ぐらを掴んだが、そのタッフードが声を荒らげた。

「私に仲間などいないっ」

「え?」

 激しかった口調は、すぐに元の静かなトーンに戻る。

「こんなことをする仲間など、私には必要ない」

「タッフードさん、どうしてこんなことをしたんですか。竜を封じてどうするつもりだったの? 今はどうでもよくなったかも知れないけど、その人達と一緒にやったからには何か理由があったんでしょ」

 サーニャがストレートに尋ねた。

「力を持つ者をどうかしようという時は、だいたい相手が持つその力を手に入れたいと思う時だ。今回もそんなところさ。私がその魔法に手を出したのは……協力しろと脅された。妻を人質にされたのでね」

 タッフードはほとんど事務的に、淡々と話す。まるで他人事のように。

「奥さんは実家に戻ったって、使用人のおばさんが話してたのに」

 フォーリアが首を(かし)げる。

「そうだけど、何も話は聞いてないってことも言ってたよな。どうして実家に戻ったのか理由を聞いてないってことだったんじゃないか?」

 気が付いたらいなくなっていて、主人から妻は実家に……と言われれば、使用人としては「ああ、そうなのか」と思うしかない。

 身内ではないからあれこれ聞き出せないし、誰に聞いても知らないのであれば「大方、ケンカでもして帰ったんだろう」と考えるくらいだ。

 しかし、それが人質にされていたのであれば。

 使用人がそんなことを知らなくても当然だろう。犯人にしても、知っているのは自分達が操りたいタッフードだけで十分。もちろん、しっかり口止めはしているだろう。

「北から一番強い邪心を感じた、と竜は話したと言ったね。私を操ろうとした三人の悪意が集中していたせいじゃないかな。……手を貸す振りだけにしようと思っても、手を抜けばすぐにバレてしまう。あの時の私はほとんどヤケになっていた」

「三人……それは東西と南それぞれの国の魔法使いですね。誰なんですか」

 セルロレックの問いに、タッフードは肩をすくめた。

「知ってどうするんだい? きみ達が彼らから鍵を取り返すとでも?」

「そのつもりです。竜と約束しましたから」

「……」

 これは竜のためだけではない。自分達や自分達の大切な人達の生活もかかっているのだ。

「相手はその国でも名うての魔法使いだよ。それでも行くのかい?」

「面と向かってその人達に鍵を渡せって言わなくても、こっそり取ってくるとかなら何とかできるんじゃないかなぁ。あんまりほめられたやり方じゃないけど、向こうはもっとほめられないことやってるんだもん。あたし達がそれくらいのことをしたって、誰も非難しないと思う」

 真っ向勝負をしたって、まず勝てない。だが、何も正面からぶつかる必要はないのだ。

「そうか、ちょろまかすって手があるよな」

「ちょっと。フォーリアはともかく、レラートのちょろまかすって何よ。こそ泥みたいじゃないの」

「似たようなもんだろ。まさか魔法使いになって、こそ泥の真似をすることになるとは思ってもみなかったけど」

 会話の中身は妙に軽い。だが、彼らは真剣だ。

「鍵を捜す時に、奥さんも見付けて助け出せればいいのにね。だけど、あたし達じゃ無理かなぁ。きっと逃げられないように、面倒な仕掛けなんかがされてたりするよね」

「そりゃ、旦那が取り返しに来ることを想定して、魔法でしっかり隔離されてるんじゃないか? でなきゃ、魔法使いの見張り役が何人もいるとかさ」

「妻はこの館にいるよ」

 タッフードの言葉に、四人の目が点になる。

「ええっ? 実はすでに助け出した後とかなの?」

 よそにかくまっていても、その場所が相手に知られると面倒。だから、あえて近くに置いている……のだろうか。だったら早く言ってよ、という気持ちでサーニャが聞き返す。

「そうじゃない。地下の食糧倉庫に閉じ込められているんだ。魔法の鍵がかけられていて、私が無理にこじ開けようとすれば彼女が死ぬように細工されている」

「ひっどぉーい。何て陰険なやり方なの。いくらその人の身内でも、魔法使い同士の話に民間人を巻き込むなんて、最低だわ」

「それじゃ、封印の鍵と一緒に倉庫の鍵も見付ければいいってことね」

 聞いていたフォーリアが、簡単に結論を出してしまう。

「そんなことをすれば、きみ達が彼らに捕まるリスクも高くなるんじゃないか?」

「被害に遭っている人を助けるのが、魔法使いの役目でしょ。普通は魔物が相手だけど、今回はそれが魔法使いになったってだけだから。とんでもなく強い魔物の住処(すみか)に入って行く、みたいな感じかなぁ」

「フォーリアが言うと、ピクニックに行くような気がするぞ」

 とても重要で困難な任務を自ら引き受けたようなものだが、やると決めたら楽になったのか、誰の顔にも戸惑いやちゅうちょはない。

「若いきみ達がやろうとしているのに、私が傍観している訳にはいかないね」

 それまでほとんど無表情だったタッフードの顔が、少し(ゆる)んだ。

「実は私も魔法をかけられている。この館から出られないようにね。私が何かしでかさないために三人からかけられたんだが……。ここを出られないだけで、魔法が使えない訳じゃない。動くのはきみ達に頼むしかないけれど、手助けはできるよ」

「本当ですか。よかった、あたし達だけじゃ、やっぱり力不足だもんね」

「お力添えはありがたいですが、本当に大丈夫ですか? 力を使うことで、あなたや地下の奥さんに何か影響が出たりは……」

「心配はいらない。そこまでの拘束力はないからね」

 そう聞いて、セルロレックも安心する。

「私も少しは意趣返しができそうだ」

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