パーティーへ
ムウにドレスアップしてもらった四人は、エンルーアの館へ通じる道の木陰に隠れていた。
パーティの招待客なら、必ずこの道を通る。その客の連れとして館へ乗り込もうという算段だ。
「ねぇ、あたし浮いてないかなぁ」
フォーリアも、いつもはおさげにしている焦げ茶の髪をアップにし、着慣れない薄ピンクのドレスを着ていた。これまでこんな格好をしたことなどないから、どうしても自分には似合ってない気がしてしまう。
サーニャはさすがに着こなしているし、男子二人のタキシード姿も様になっているだけに、フォーリアは自分だけが浮いているように思ってしまうのだ。
「何言ってるの。全然浮いてないわよ、フォーリア。ねぇ、二人だって似合うって思うでしょ?」
「何を心配しているんだい? 似合ってるよ、フォーリア」
「ああ。黙って立ってたら、お嬢様に見えるぜ。ちゃんとかわいくしてもらってんだから、自信持てって」
「……そう?」
みんなにそう言ってもらえるなら、とフォーリアはそれ以上考えないことにした。
「もうじき来る客なら、みな様一緒でも行けそうです。二台並んで来ますから」
偵察に行っていたムウが、そう報告する。招待者は魔法使いだが、これから来る招待客は魔法使いではないらしい。それなら、うまく潜り込めそうだ。
遠くから馬車の音が聞えてくる。レラートが道をふさぐようにして、石を積み上げて造られた幻影の壁を出した。
これを正面突破しようとする御者はいないだろうから、必ず止まる。その瞬間に結界を張り、関係者全員を一気に催眠状態にして馬車へ乗り込むのだ。
現れた馬車は、期待通りに止まる。御者が遠目でも「何だ、あれは」という顔をしていたので、それが壁だとわかるとすぐに手綱を引いた。急ブレーキという程でもなかったが、馬車の中の貴人達は驚いた声を出している。
サーニャが馬車の周囲に結界を張り、三人が催眠の呪文を唱えた。人数が多いので、確実に催眠状態にするためだ。
それから、前を走っていた馬車の戸口へと駆け寄り、扉を開く。
「お姉様、大丈夫?」
前を走っていた馬車には、ムウの報告通りに黒髪を高く結い上げた二十歳前後の女性がいた。美しく着飾ってはいるが、顔立ちや雰囲気からしてあまり性格がよさそうに見えない。
偏見かなぁ、とフォーリアは思いながらも、彼女には協力をしてもらわなければならないからと、その感想は封じ込める。
「まったく……何なのよ、いきなり止まるなんて。もう少しで馬車の中で転んでしまうところだったわ」
そこまで急な止まり方じゃなかったのにな、と思いながら、後で馬車が止まった記憶はしっかり消しておかないと、と心にメモする。
御者は危険だと思ったから止まったのに、これでは自分の館へ帰ってから「馬車の走らせ方が悪い」などと言って解雇されてしまいそうだ。自分達のために彼が仕事を失う、ということだけは避けたい。
「動物が飛び出して来たのよ。だから、馬がびっくりしただけだわ」
後ろからサーニャもフォローし、当然のように二人は馬車へ乗り込んだ。
一緒に乗っていたと思わされているのに、二人が馬車の外から現れた、という矛盾に彼女は気付いていない。そばに使用人が一人同乗していたが、何も言わなかった。うまく催眠の効果が現れているようだ。
もう一台の方でも、レラートとセルロレックが同じように乗り込んでいた。
乗ったと同時に結界は消え、壁も消えている。壁を見たのは前の馬車の御者一人だけなので、見間違いだったんだろうかと首をひねっていた。
しかし、いつまでも不思議がってはいられない。再び馬車を走らせ、目的地へと向かった。
「私達、初めて伺うお宅だから、粗相がないようにしないと」
「あら、あなた達はエンルーアの館は初めてだったかしら」
正式な招待客である彼女は、リエータというらしい。フォーリアとサーニャは彼女のいとこ、という設定で話を進めた。
「広くてきれいな所よ。まぁ、うちに比べれば大したことはないけれど」
たぶん、招待客のほとんどがこんなんだろうな、と二人は思った。恐らくは見栄っ張りな金持ちばかりだろう。そうでなければ、国がこんな状況下でパーティーに出席するとは思えない。
「確か、お人形をたくさん集めてらっしゃるって聞いたわ」
サーニャの話し方を聞いていると、ごく自然に思える。
あ、そっか。サーニャって本当にお嬢様だもんね。こういう場も慣れてたりするのかも。
「ああ、あれね。お部屋いっぱいに色々なお人形が並んでるわ。大きいのも小さいのもあるし、お人形が着ているドレスもきれいよ。だけど、あれだけあると少し気持ち悪いようにも思えるのよね」
「今日、見せていただけるのかしら」
「いつでも見られるわ。エンルーアはあの人形コレクションが自慢だから、むしろ来た客には見てもらいたいのよ。勝手に部屋へ行っても問題ないわ」
これはありがたい情報だ。勝手に入ってもいいのなら、仕事もやりやすい。
「まぁ、楽しみだわ」
そんなことを言ってるうちに、馬車はエンルーアの館に着いた。
玄関前で二台の馬車が止まり、それぞれから招待客が降りてくる。レラートとセルロレックが乗っていた馬車には、リエータの母親らしき女性が乗っていたようだ。
今回は四人が無理に乗り込んだ形だが、そうでなければ彼女達は使用人を除けば一人一台の馬車で来たということになる。ぜいたくなのか、見栄を張っているだけなのか。
リエータの後から降りたフォーリアは、馬車が途中で止まったという記憶を彼女から消しておいた。これで御者の不当解雇はなくなるはず。
「ようこそおいでくださいました。主がみな様をお待ちです。こちらへ」
セルロレックより少し上だろうかと思われる若い男性が、客を案内する。かなり整った顔立ちの青年だ。
「エンルーアの弟子よ。他にも数人いるわ。それも顔のいい若い男の子ばっかり。魔法以外のことでも師匠なんじゃないかって、もっぱらの噂よ」
扇で口元を隠しながら、リエータがこっそり教えてくれた。ただ、その内容が内容だけに、フォーリアとサーニャの頬に朱が走る。
弟子について行くと、湖の見える中庭へ来た。陽が落ちたことと、ここが水辺近くというせいか涼しく感じる。さっきまではこの湖の対岸にいて、この館を眺めていたのだ。
あの時も他の場所より涼しいとは思ったが、館の中はもっと涼しい。よく見れば、庭のあちこちにあるテーブルの上に、氷でできたオブジェが置かれていた。これのおかげでさらに周囲の気温が下がっているのだ。
この時期、氷を作るのは大変だろうが、弟子も含めてこの館に魔法使いは数人いるのだ。これくらいのことは、氷結の魔法を使えばいくらでも可能だろう。
その中庭には、すでに数組の招待客の姿があった。中高年の夫婦や、リエータのように親子だったり。一人らしい壮年の男性もいる。
「ようこそ、シャルレーゼ様。お待ちしてましたわ」
リエータの母親に声をかけながら、エンルーアが姿を現わした。
くせのある豊かな赤い髪が印象的な女性だ。今回は格式ばらない、つまりは「カジュアルなパーティ」らしいが、彼女の長い髪に緩やかに巻き付いているのは、連なる大粒の真珠だ。
シルクのように光沢のある濃い青のドレスも、くだけた普段着とはかけ離れた金額が支払われているに違いない。
美を追究していると言うだけあって、確かに美人だ。聞いたところでは三十を超えているはずだが、二十歳を越えたばかりと言われれば信じてしまう人も多いだろう。厚塗りしている様子もなく、生来の美しさも相まって、というところか。
しかし、持っていてもさらに欲しがる、という厄介な性質を人間は持つ。彼女も色々と手を尽くして、今があるに違いない。竜の力があればさらに、と思ったのだろうか。
「あら、そちらは?」
リエータの後ろにいるフォーリア達に気付き、エンルーアが尋ねる。
今回、こうして彼女の前に立たなければいけない、というのがリスクだった。何をきっかけにして魔法使いとバレるかも知れないし、リエータ親子に魔法をかけたことに気付かれたらどうされるかわかったものではない。
「私のいとこ達なの。今日のパーティのことを聞いて、ぜひ一度参加してみたいって言うから」
「まぁ、そうなの。ようこそ、わが館へ。今日は楽しんでちょうだい」
「ありがとうございます」
四人が礼を言いながら、頭を下げる。どうやらエンルーアは何も気付いてないようだ。催眠はそんなに高いレベルの魔法ではないが、今回うまくはたらいてくれたことを心底感謝する四人だった。
ちなみに、ムウはそばにいない。アズラの時とは違い、確実にエンルーアがいるし、彼女の弟子もいる。招待客の中にも魔法使いがいることは十分に考えられるから、誰がその存在に気付くかわからない。
なので、離れた場所でお留守番だ。
「私達、エンルーア様のお人形を拝見したいんです。よろしいですか?」
のんびりパーティーを楽しむ余裕はない。サーニャは早速鍵に近付くべく、エンルーアに切り出した。
「ええ、構わないわ。ぜひ見てちょうだい。じゃあ、あの子に案内させるわね」
エンルーアが少し横を向いて目で合図すると、彼女の視線の先に立っていた青年がこちらへ来た。
庭まで案内してくれた青年も一般的観念で言えば美形に入る顔立ちをしていたが、こちらへ来た彼もまた同じグループに属している。
「こちらのお二方を、人形部屋へ案内してさしあげなさい」
「かしこまりました。では、こちらへ」
部屋の場所さえ教えてもらえれば自分達で行くのだが、ここで案内はいらないと言って怪しまれても困る。おとなしく案内されることにした。
サーニャがすれ違い様、セルロレックに目で「そっちは頼んだわよ」と合図する。セルロレックは「了解」と応えたつもりだが、内心では厳しいなぁと感じていた。
エンルーアはムウの報告通り、倉庫の鍵をペンダントトップにして身に付けていたのだ。他にも微妙に大きさの違う赤や白の鍵も一緒についている。あそこから青の鍵だけをすり替えるなど、至難の業だ。
それにしても、どこにでもあるような鍵をアクセサリーとして身に付け、様になっているのはさすがと言うべきか。
「あら、あちらは……。エンルーアったら、本当に顔が広くてらっしゃること。わたくし、ワーデュ様にご挨拶して来ますわね。リエータもいらっしゃい」
どうやら顔見知りを発見したらしく、母娘はそちらへ行ってしまった。
「あらあら、シャルレーゼ様も本当にお盛んなこと」
そう言ってエンルーアは笑っているが、どこか相手を侮蔑している響きがあった。
「あなた達はこういう場所、初めて?」
エンルーアがセルロレックとレラートに向き直って尋ねる。
「はい。もしマナーがなっていない時はご容赦ください」
「ふぅん」
妖艶とも言えそうな笑みを浮かべながら、エンルーアはレラートとセルロレックの姿を上から下まで遠慮なく眺める。
最初は怪しまれているのかと思った。自分達でコーディネートすれば別の意味でバレそうだが、今着ているタキシードはムウに出してもらったものだからおかしな所はない……はず。もしくは、逆にムウの力を感じ取って、怪しいと思われることもありか。
どちらにしろ落ち着かないが、ここでおどおどしてしまったらますます怪しまれてしまう。
「ねぇ、あなた達。私の弟子になるつもりはない?」
「え?」
思わず二人して聞き返してしまった。
「きっと筋がいいと思うわ。すぐに腕のいい魔法使いになれるわよ。私が手取り足取り教えてあげる」
「はぁ……」
何かのカマをかけている……ようにも思えなかった。どうやら、二人が魔法使いであるということはばれていないらしい。
ちょっと気が抜けたものの、今度はどう断るかが新たな問題だ。あんまりきっぱり断って、エンルーアのプライドを傷付けては、後々動きにくくなりかねない。ここはぼやかしておく方がよさそうだ。
「突然のことなのですぐにお返事は……少し考えさせてください」
「あら、そぅお?」
エンルーアは特に気を悪くした様子はない。
「絶対に後悔はしないわよ。ところで、帰りの足は確保してあるの?」
「足?」
また二人して聞き返す。
「あら、いやだ。まさかあなた達、知らないで来たの? シャルレーゼ・リエータ母娘がいつも二台の馬車で来る理由」
二人がきょとんとしていると、エンルーアはがまんして、でもどうしても堪えきれないというように笑っている。
「パーティでそれぞれ気に入った殿方を見付けては、別々に帰って行くの。お相手の馬車で帰ることもあるようだけれど。そうでなかったら、あなた達は歩きで帰ることになるわよ」
「……」
てっきり彼女達の見栄で、わざわざ二台の馬車を出しているのかと思っていた。こちらにすれば、一気に四人も定員が増えてしまう訳だから、二台だと楽に乗れてよかったな、くらいにしか思っていなかったのだが……事情はあれこれあるようだ。
ふいにエンルーアがペンダントの鎖を掴んだ。豊かな……見ようによっては豊かすぎる胸の上で、トップの鍵がチャリッと小気味いい金属音をたてる。
「はい」
言いながら、エンルーアは青い鍵を取るとレラートに渡した。何かの罠だろうか。
「え……はいって?」
求めていた鍵ではあるが、本人から直接渡されると面食らう。
「その鍵を弟子の誰かに見せれば、部屋へ案内してくれるわ。その気がなければ、鍵はその弟子に返してくれればいいから」
「あの、部屋って」
「やぁねぇ、決まってるでしょ。女の私に全部言わせるつもりなの? 困った子ねぇ」
そう言って、エンルーアは笑う。どう見ても困ったような顔ではないが。
「たまに私からもらったって言って、にせものの鍵を持って来る殿方もいるのよね。だから、その日に私が着ていたドレスの色と同じ色の鍵でなければ案内しないようにって、弟子達には言ってあるの」
今日のエンルーアのドレスは青。鍵も青。
「鍵は一つしかないけれど、二人一緒でも構わないわよ」
目を丸くするレラートを見て満足したのか、ふふっと笑いながらエンルーアは新しく来た客の方へと行ってしまった。
「お、おい、セル。あの女、一体何言ってんだ?」
「舞い上がらないで、レラート」
「だっ、誰が舞い上がってんだよ」
思わず鍵を握り締め、レラートは改めて渡された鍵を見た。
青白く光っている鍵。アズラの所ですり替えた鍵と同じだ。狙っていた物がこうも簡単に手に入っていいのだろうか。
「あの人の若さの秘密は、あの弟子達のおかげかな。あの母娘を小馬鹿にしていたような口調だったけれど、自分も同じってことに気付いていないのかも。と言うより、それ以上という気もするね」
「俺達もその秘密の一部にされかかったんだな。何て女だよ」
「英雄色を好むって聞くけど、女性も同じなのかな」
「同じキュバスの魔法使いとして、何か恥ずかしい気がする」
魔法使いが男好きであっていけない、ということはないのだが……。
「こんなことでレラートが恥じることはないよ。……ちょっといいかい」
セルロレックがレラートの腕を引っ張り、庭へ出ると人気のない茂みに二人して身を隠す。
「何だよ。俺、そんな趣味はないぞ」
「そう? よかった。ぼくもいたって健全なものでね」
「だったら……どうしてこんな陰に来るんだよ」
「ちょっと気になったことがあるんだ。ちょっと……ううん、かなり」
セルロレックは、自分の中にわき上がってきた疑問をレラートに話した。
セルロレックの言うことに、レラートも頷ける。自分でも少し引っ掛かっていたのだ。それが、セルロレックの言葉で形になった。
なったのはいいが、それならなぜ、とまた引っ掛かってしまう。
「信用できる人間は限られてるよ」
「言われてみれば……まぁ、そうかも知れないけど」
「レラート、悪いけれど、ぼくはここで抜ける」
セルロレックの言葉に、レラートは大いに焦った。
「ええっ、ちょっと待てよ。ここまで来て抜けるなんて、ありかよ。リリュースのことはどうするんだ」
「慌てないで。ごめん、言い方が悪かった」
掴みかかりそうになるレラートを、セルロレックが制する。
「今話した疑問を調べるために、一旦抜ける。そういう意味だよ。リリュースを助けたいからこそ、行くんだ」
「そういうことか。だったら、仕方ないけど……フォーリアやサーニャはどうする?」
「彼女達には……調べたいことがあるってだけでいいよ。これはぼくが勝手に思ったことだし、確証も何もない。それにつられて二人の心を変にざわつかせたりしたら悪いからね」
「わかった。俺も詳しくは聞いてないってことにするよ。一人で大丈夫か?」
「そっちこそ大変だよ。残り一つとは言え、封印か地下倉庫、どちらかの鍵を一人ですり替えなきゃいけなくなるんだから。一人の方が動きやすいって状況ならありがたいんだけれどね」
「すり替えるくらい、何とかしてやるさ。まかせとけ」
「頼もしいね。じゃあ、これ」
セルロレックは今回すり替えるはずの青い鍵を、レラートに渡した。
「ぼくはこれから抜け出すから、この鍵はレラートが弟子の誰かに返しておいて。こちらにその気はないって意思表示をしておかないと、変に追い掛けられたりしても困るからね」
「うちの師匠を拒むのかって、そいつらに睨まれそうだな」
「自分で返すのがいやなら、フォーリアかサーニャに頼めば? 内容は話さずに返してきてくれって言えば、彼女達なら快く聞いてくれると思うよ」
「そうかぁ? サーニャあたりは突っ込んできそうだけどな」
「かもね。フォーリアも案外核心を突いてきそうな気もするし。それじゃ、後はよろしく頼むよ」
「んー、俺が調べる方に行きたい気分になってきたぞ」
セルロレックは笑いながらレラートに後のことを託すと、暗闇の中へ姿を消した。





